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水が繋ぐ 4
「あかりさん……僕すごく、びちょびちょです」
言って、言葉が足りない気がして自分の格好を見下ろす。
今の自分の状態をちゃんと説明するのなら。
「なんとか下着は無事ですけど、ぐしょぐしょに濡れちゃって、これじゃああかりさんの車……」
「泉。ちょっとおいで」
同じくびしょびしょのあかりさんに手を引かれ、階段を上ってこのエリアから出る。同じように濡れているのに、あかりさんの方は妙にセクシーだ。経験の差だろうか。
「君の発言は少し……なんだ、危うい」
苦い表情で顔を拭われ、ふと自分の発言を振り返る。
びちょびちょとか下着がどうとかぐしょぐしょに濡れてとか。
もしかして、全部変な意味に響いたんだろうか。
断じてそういうのとは違う。水族館。イルカのショー。そう、原因はイルカ。
「イ、イルカですからね?」
「わかってるから落ち着いて。とりあえずこの状態をなんとかしよう」
どこにいたのか、イルカショーのために集まってきた人はそれなりにいた。今はもうみんな席を離れているけれど、それでもこれだけ濡れている僕たちは人目を集めてしまうかもしれない。というか主にあかりさんが目立ちそう。
とりあえず移動しようと自然と手を繋いで来たのとは逆の方へ歩く。
「えっと、イルカ、すごく張り切ってましたね」
「そうだな。さすがにこれは想定されてなかっただろうけど」
僕たちがなんとも豪華なイルカエリアに着いた時には人が少なくて前の席が空いていたんだ。で、せっかくだから前に前にと席を詰めた結果、イルカの立てた水しぶきが盛大にかかりびしょ濡れになった。どうも前面にお客さんがいるからイルカがいつもより張り切りすぎたそうな。
お客さんの前に登場してまずは尻尾でご挨拶代わりの水しぶき、そこで始まるパフォーマンス。飛び跳ねボールをつついて落とし、盛大に水を跳ね上げ潜っては返ってくる。
その一つ一つの動作がなぜか大張り切りで、ざっぱんざっぱん水槽の水がかかって大変なことになった。一応防ぐためのビニールのシートはあったんだけど、それぐらいじゃ防げない量を頂戴した。
まあ気持ちはわかる。あかりさんみたいな人が見てたら、今まで出なかったような力も出ると思う。ただ、周りが慌てていたからよっぽどの張り切り方だったんだろう。
それにしたって。
「ふふふ……あはははっ、もうどうしましょうこれ」
大雨に打たれたかのようなずぶ濡れっぷりに、もはや笑うしかない。笑ったらなんか楽しくなってきた。
なんでイルカのショーを見ていただけでこんなに濡れているんだ。主に上半身がやばい。髪の毛もびちょびちょ上着もびちょびちょで逆に諦めのつく濡れネズミっぷり。
さすがにあかりさんも笑って、どうしたものかと髪を掻き上げて楽し気に辺りを見回している。
あ、待って、その髪の掻き上げ方はかっこいい。そうか。これか。水も滴るなんとやら。
ただただ情けない僕と違っていちいち絵になるあかりさんは、ふとなにかを見つけたように視線を固定させた。そしてその方向へと僕の手を引っ張って歩いていく。
見つけたのはファンシーなお土産屋さんだった。
「ちょっと待ってて」
ぬいぐるみとクッキーが人気商品らしいそこに平気で入っていくあかりさんの似合わないこと。なんでも似合うと思っていたけれど、意外というか当たり前と言うかこういうお店にいるのはさすがに浮いている。
「ほらこれ」
すぐにお会計を済ませて出てきたあかりさんの手にはお土産物のタオルと長袖のTシャツがあった。マンタの形の大きなバスタオルと胸にイルカのかかれた、とてもはしゃいだデザインのTシャツ。ちなみにこの水族館にマンタはいない。
使ってとその場で開けたタオルをかぶせられ、濡れた髪を拭かれる。そしてTシャツも渡されたから、二人してトイレに着替えにいくことにした。
当然と言えば当然、出てきた二人はものすごく浮かれた観光客へと変身していた。Tシャツを着て、タオルを羽織って。どれだけこの水族館が楽しかったんだとつっこみたくなるほど浮かれている。
しかもそれがお揃いだ。これはなかなかやばい二人に見える。それがおかしい。
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