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我が家は色々ありすぎる 2

「あ、えっと、コーヒー淹れますね」 「いいよ。それよりも少しイチャイチャしたい」 「いっ……!?」 「ダメか?」  クールな見た目からおよそ似合わない単語が飛び出て、危うくカップを取り落とすところだった。しかもあかりさんが座っているせいもあって、位置関係からそう見える上目遣いでの追い打ち。  あー! 目で殺すスオウのセクシーショットきたー!  とオタクの心は叫ぶけど、現実の僕はそれを隠して平静を装うのに必死で、慌てて目を逸らすのがやっと。 「ま、待ってください。あ、温まってから」  少し落ち着く時間がほしいとコーヒータイムを設けようとしたけれど、震える手でお湯を入れながら気づいた。  この言い方じゃ、温まってからいちゃつくみたいじゃないか?  そんなつもりで言ったんじゃないけど、そうとしか聞こえなかった気がする。しかもわざわざ聞こえたかどうか問うのも、訂正するのもおかしいし。 「……どうぞ」  とりあえず動揺したまま入れたコーヒーを差し出すと、あかりさんは「ありがとう」と普通に受け取ってくれた。窺っても特に他の反応はない。僕の考えすぎだろうか。  ああでも、こんなことになるんだったらコーヒーに拘っておくべきだった。という気持ちと、こんなことになるなんて誰が想像できるかというつっこみの気持ちがうるさい。 「えっと、今日、楽しかったです」  とりあえず気持ちを落ち着けつつ、言っておきたいことを先に告げておく。  時間にしたら半日もないけれど、それでも特別な時間だった。そのことだけはしっかり言っておかねば。 「それなら良かった。……ちょっと予定外のことが多かったけどな」 「ふふふ、それも含めて」  自分の髪をくしゃりと乱すあかりさんに、少しだけ笑う余裕ができる。  確かにのんびりとした水族館見学だったはずが、イルカのショーと最後の雨のびしょ濡れでてんやわんやになってしまったけど。  だからこそTシャツもレストランも特別な思い出になった気がする。  なにより。 「あの、あかりさんって、癖っ毛だったりします?」 「……濡れるとうねるんだ」  自分の髪を摘んで難しい顔をするあかりさんは、どうやら微妙に恥ずかしがっているらしい。  普段は黒髪ストレートって感じだし、ライブの時なんかは濡れると掻き上げていたから気づかなかった。  濡れた髪がくるんと緩いカーブを描いていて、あかりさんが照れる様子と相まって妙に可愛らしく見える。  また新たな発見をしてしまった。ギャップがあって素晴らしいグッドポイントだ。 「あ、髪乾かしますよね。今ドライヤーを持ってきます」 「いいよ。すぐ乾く」  僕的にはとても愛らしいと思ったけれど、本人がコンプレックスだと感じているのなら申し訳ない。いつまでも濡れた髪のままでいるのも良くないし、すぐ乾かしましょうと立ち上がる。  本当に、あかりさんの言う通り、気づかないうちにだいぶ体が冷えていたらしい。かなりテンパっていたのが、温まったことで色々考える余裕が……。 「あっ」 「どうした?」 「い、いえ、なんでも」  なんでもなくない。  やっぱり焦っていて視野が狭くなっていたのだろう。今さら気づいてしまった。  ベッドサイドに置いてあるスマホスタンド、思いっきりメグスクのグッズじゃないか。  一見黒が基調のただのかっこいいスタンドだけど、よく見ればロゴが入っているんだ。本人たちが過去の一つ一つのグッズを覚えているかはわからないけれど、ロゴを見れば一発でわかる。  なんとか密やかに回収せねば。せめて目立たないように隠させてほしい。  ちょうどあかりさんは背にする形に座っているから見えていないだろうけど、振り向かれたらと思うと気が気じゃない。  とりあえずドライヤーを持って来て、それに気を取られているうちに回収しようか。それともいっそスルーしていれば気づかれないか? いや、何気なく手に取ってそのまま持って行ってしまえば手っ取り早いか。  とにかく早く手元に、と気が流行った結果、頭と体の反応がずれたらしい。  あかりさんを避けて一歩踏み込んだ足と、前のめりになる上半身。バランスを崩したと気づいた時にはもう遅く、堪えきれなかった体がふわりと宙に浮く。なんとか手はついた。だけどそれはあかりさんの向こうのベッドにで、結局潰れるようにしてあかりさんを巻き込んで倒れてしまった。正しく言うと僕があかりさんに覆い被さってしまった。 「ご、ご、ごめんなさいっ」 「いや、どうした? 大丈夫か?」  咄嗟のことなのに上手く受け止めてもらったおかげで体は無事。あかりさんにも怪我はさせてないようだ。  ただ、距離感がまったく無事ではない。 「……意外と強引だな」 「いえ、あの、ちょっと滑って決してそういう意味では……」  格好的には僕が押し倒してしまった形で、相手はイチャイチャしたいと言っていたあかりさんで。 「なんにも、意味はない?」  意志の強い瞳に目を覗き込まれてそう問われれば、「僕の推しがめちゃくちゃかっこいい」以外の感情が飛んでいってしまう。  顔がいい。どうしよう推しの顔がいい。

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