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秘密と熱の夜 1

 あかりさんから自宅に来ないかと言う誘いを受けたのはそれからしばらくしてからだった。  毎日仕事で忙しいあかりさん。そんなの傍目から見ていてもわかることなのに、なんとか会う時間を作ってくれようとするから、無理しないでと断り続けていたらそう言われた。  少し早めに仕事が終わった日の夜にあかりさんの自宅で。それならゆっくりできるからということだった。  もちろん迷った。  さすがに家に行くのはどうなんだと。ファンをアイドルの家に入れることをファンの僕が嫌がったのもある。  だけど首輪のこともあるし、距離を置く話をするにも邪魔が入らない場所がいいということで、結局お邪魔することになった。さすがにこれは誰が聞いているかもわからない外で話せることじゃない。  しかしあかりさんの家。つまりはメグスクのスオウの家である。  接している時はイメージが違いすぎて、頑張らなくてもあかりさんとして対応できるようにはなっている。それでも同一人物であることに変わりはなくて、緊張にも差がない。  手土産とか持って行った方がいいのだろうか。  夕飯は用意すると言われているから、なにかお酒のおつまみとかお菓子とかそういうもの? そもそも友達の家にもまともに行ったことがないのに、推しの家に行くのってどうしたらいいの? 心構えの必要性が特殊すぎる。  なにをどう悩んだらいいかもわからない独特の緊張する時間はあっという間に過ぎ。  結局なにも決まらないままあかりさんの家を訪れることになった。  もらった首輪は荷物の中。今までと違って首元を晒す服なのはそこになにもないですよアピールを兼ねて。  でも首輪をしないで外に出ることなんて滅多にないから、空いた首元がスースーして落ち着かない。  いや、落ち着かないのはどう考えてもこの状況のせいか。  教えられた住所にあったのは理想通りとも言うべき立派な高層マンション。スオウにはこういうところに住んでいてほしいというイメージそのままで一瞬だけ嬉しくなった。けど、今からここに飛び込んでいく現実を思い出してすぐに緊張が舞い戻ってくる。  ……この住所は後ですぐに破棄しよう。もしもスマホを落としたりした流失したらまずい。  はあ、とため息混じりの深呼吸をして、数分エントランスで躊躇ってから思い切ってインターホンで指定された部屋を呼び出した。  このままじゃ怪しい人物がいると通報されかねない。 『はい』 「あの、千草です」 『待ってた。入って』  名乗るとすぐに自動ドアが開く。  見えていないとわかりつつも画面に向かって頭を下げてから静かなエントランスを進み、エレベーターへ。どこも綺麗に整っているから住居というよりオフィスみたいだ。だからか、一つ一つの何気ない動作にいちいち緊張して、ここだけでだいぶ消耗した。  まったく、これからが本番だと言うのに。  体感でだいぶ早いエレベーターで着いた、やっぱり生活感のない綺麗な廊下を歩きながら、教えてもらった部屋番号を何度も目でなぞる。間違ったら大変だ。  そしてここだという家の前でもう数回深呼吸を繰り返し、思いきってインターホンを押した。すると少し間があって。 『開いてるから入って』  そう短く告げられすぐに切れる。  開いてていいの? セキュリティ大丈夫?  余計な心配だとは思いつつ、そんなことを気にしながら立派なドアを開けていざ家の中へ。 「お邪魔します」  白を基調とした広い玄関は余計なものが置いておらずとてもシンプル。靴が一側だけ置いてあったからそれに並べるようにして靴を脱いだけど、どの辺りが玄関で廊下なのかわからない。  たぶん玄関のドア横にあるこの細いドアはクローゼットとか物置っぽいから、右手にあるこっちのドアが部屋だろうかと恐る恐るノブに手をかける。その瞬間、向こう側から開かれた。 「いらっしゃい。迎えに行けなくて悪かった。迷わなかったか?」  そう言って顔を覗かせたのは当然あかりさんで、けれどほっとするより先に衝撃で目を見開いた。  おうちメガネ!  スオウがコンタクトなのは知っていたけれど、普段は外さないし雑誌の企画なんかで使うメガネはもっとファッショングラスという感じで。そんな中でオシャレ黒縁のおうちメガネはあまりにもレア。なによりリアルメガネだ。  そしてイケメン御用達の腰巻きカフェエプロンをしている上に、極め付けは腕まくりで覗く二の腕ときた。  これには間違いなくパーフェクトかっこいいで賞だ。ともに、僕の好きなスオウ詰め込みまくり賞も授与してる。 「どうした?」 「あ、いえ、かっ……」 「か?」 「……かっこいいなと、改めて」  いつもの癖で反射的に飲み込んでしまったけれど、ここでこの感想を隠す必要はないかと素直に告げた。  かっこいい。問答無用でイケメンだ。もちろん普段からかっこいいんだけど、あまりにも好きな要素が詰まりすぎている。  できるだけスオウとして見ないようにしているけれど、やっぱりかっこいいものはかっこいいし好きなものは好きなんだから仕方がない。  そう正直に洩らした僕に、あかりさんは一瞬驚いたようにまばたきをして、すぐにその目を細めた。 「ありがとう。泉も、いつも可愛いけど今日は一段と可愛い。それに……」  息を吐くように褒め言葉を口にするあかりさんは、なにかを言いかけてからすぐに口を閉じた。 「いや、なんでもない。適当に座ってて。もうできるから」 「あ、はい。えっとこれ大したものではないですが」  気にはなったけど、褒められ慣れてなくて恥ずかしい分追及はできなくて、お土産を押し付けて足早にリビングへと向かう。

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