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秘密と熱の夜 2

 結局お土産として持ってきたのはスオウの好物の和菓子。他に思いつかなかったのもあるけど、どうせなら喜ばれたいし。これくらいならファンとしての知識を使ってもいいだろう。  案の定あかりさんは趣味が合うなととても喜んでくれた。ファンです、すみません。  とりあえず邪魔をしては悪いからと荷物を端においてソファーに座らせてもらった。  広いリビングに大きなソファーと大きなテレビ。家具なんかがすべてモノトーンを基調としていて大人っぽい雰囲気の中、観葉植物の緑がいいバランスで優しさを追加している。  外は綺麗な夜景がばっちり見えて、キッチンに立つあかりさんは後姿だけでかっこよくて、部屋の中にモテ要素しかない。  理想通りなんだけど、理想通り過ぎて居心地が悪い。かっこよすぎて隙がないと、より一層一般人の僕との差が際立つ。やっぱり出会いからしておかしかったし、今日ちゃんとその間違いを正すべきだよな。  隠して持ってきた首輪をバッグの中で確認して、一つ息を吐く。  今日はこれを返して、ちゃんと話してこの不自然な関係を終わりにしなければ。  潤に言われたことではないけれど、身の程は知っている。僕には普通のファンでいるのが一番似合っているんだから。  ……本来だったら、さっさと本題に入るべきなのかもしれない。  ただあかりさんがせっかく料理を作ってくれているし、最後くらいそれを味わったっていいだろう。推しが料理をする姿が嫌いなオタクなんていない。 「泉、こっち来て」  呼ばれたキッチンカウンターにはワイングラスが置かれている。 「ワイン、飲めないってことはない?」 「はい、あんまり飲んだことないですけど」 「色々簡易だけど、まあ雰囲気だけな」  手慣れた様子でワインの栓を抜き、グラスに注ぐ姿もお手の物。赤くとろりとしたワインが入ったグラスを掲げて乾杯すると、一口飲んだだけであかりさんの給仕が始まった。  そこで僕はずいぶんとあかりさんを侮っていたらしいということを思い知らされた。  まさかのフルコース。  前菜のスモークサーモンのマリネは単純に美味しいと感動した。続いてオニオンポタージュが出てきて、タラのポワレが並べられ、レモンソルベで口直しが入ったあたりで違う世界の人すぎてただただ呆気に取られた。 「あかりさんって、普段からこんなにちゃんと作るんですか?」 「まさか。いつもはもっと適当」  美味しくいただきながらも驚きが止まらない。ただあかりさんは肩をすくめて謙遜するばかり。 「でもまあ昨日とか朝にちょっと仕込んどいたけど、そんな大したもの作ってないから」 「いやどう見てもすごいし、どれだけ時間かけたって僕には作れないです」  手料理をふるまってくれるというからそれだけですごいと思っていたけど、まさかお家でフレンチとは思わなかった。  一つくらいならレシピとにらめっこして一日かければできるかもしれなけど、忙しい時間の中で手際よく用意できるのも料理の才能だと思う。 「ま、多少は頑張るさ。泉にかっこいいとこ見せたいし」  しかもこれだけやって誇るよりもそんな頑張る理由を教えられたらときめいてしまうじゃないか。  なにそのかっこいいのに可愛いの。あかりさんでもいいとこ見せたいという気持ちではりきることがあるのか。  なによりはりきってフレンチっていうのがまたオシャレで、やればできちゃうのがなんとも。欠点はないのか欠点は。  結局メインのローストビーフも赤ワインと合わせて食べるととろけるほどに美味しかったし、デザートはタルトタタンという初めて口にするリンゴのタルトのようなものだった。  お腹がいっぱいだと思ったのにデザートとなると別腹なのは人類共通らしく、一度お腹いっぱい食べ終わってごちそうさました後、ソファーの方でおかわりをいただくことになった。  なんという贅沢。  ここに来る前は緊張でなにも食べられないかもと思っていたのに現金なものだ。まさかデザートをワインと一緒につつくとは。 「はぁーワインもこうやって飲むと美味しいんですね。でもちょっと飲みすぎちゃいました」 「まあそれも作戦の一つだからな」 「作戦?」 「泉を帰りたくなくさせる作戦」  指先で僕の唇の端についたタルトを拭って、あかりさんが少しばかり悪い顔をする。いたずらっ子と言うにはだいぶアダルティだ。  それにメガネのせいか家だからなのか、いつも以上にプライベート感が強い。  雑誌でもよくおうちデートみたいな企画があるけど、それとはやっぱり別物だ。 「俺の顔好き? ならもっと見て。その分俺も泉の顔が見られるから」  なんとなく現実感のない姿をまじまじと見ていたら、そんなセリフと見返す視線が突き刺さって、恥ずかしさに目を伏せて縮こまる。  顔が好きかなんて愚問だ。こんなにかっこいいもの一日中だって見ていられるに決まっているじゃないか。ただしそれは向こうから視線が帰って来ない画面越しに限る。認識しないでほしい。

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