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秘密と熱の夜 5

「おこんばんは! オレだよ!」 「色んな意味でお邪魔します」  ドアが開くと同時に聞こえた二人分の声に、僕はソファーから跳ね起きる。  知っている声。こんな状況で、こんな場所なのに、聞き慣れた、だけど直には初めて聞くこの不思議な感覚は覚えがある。  まるで、あかりさんと初めて会った時と同じ。 「あ、おいこら……!」  そしてドタバタと廊下を走る音があかりさんの声を追い越し、すぐに姿を見せた。 「……ッ!?」  知っているとも。ええ、知っていますとも。  私服だからといって、さすがに見間違うことはできないほどの年数は彼らを見てきている。  モモとキキョウ。  スオウとともにメグスクを担うメンバー。その二人がなぜかそこにいる。 「お、この子が噂のちーちゃんか!?」  さすがに予想外の展開すぎて口をあんぐりと開けて見ていると、その視線が一気にこっちに向いた。  ……ちーちゃん? 「いいとこ邪魔して申し訳ないとは思うんだけど、この人がどうしても行くって聞かなくて。これお詫びのワイン」 「……わざわざこんなもの持ってなにしに……」  後からすぐに追いついてきたあかりさんが二人と僕の間に割り込む。そんなあかりさんに、キキョウは持っていた細長い紙袋を渡した。にこやかで、マイペースのキキョウらしい。 「いやースオウが一日そわそわしてて終わったらソッコー帰ったから、絶対今日デートだと思ったんだよね」 「今日っていうか、『今だ』ってわざわざ時間狙って突撃したがってさ。俺は絶対いいムードだから悪いと思ったんだけど」 「悪いと思ったわりには一緒に来るんだな」 「野放しにはできないでしょ。本当にやばいタイミングで突入されたら困るし」 「むしろお前がいたからこのタイミングなんだろ」 「ギリギリ出れる状態だった時点で大正解では?」  そのテンポのいいやりとりはライブのMCそのままで、あまりに現実味がなさすぎてぼんやりと見てしまう。  普段から本当にこんな会話するんだ、この三人。  やっぱり三人揃うとどこでもメグスクになるんだな。迫力すごい。  モモは身長は僕と同じか少し低いくらいだけど、迫力が全然違うし輝く金髪が似合いすぎていて目に眩しい。可愛いけどかっこいい。さすがのアイドルという感じだ。  大してキキョウはすらっとした高身長だけどふんわりしたパーマとにこにこ笑顔で威圧感を与えない癒し系イケメン。ファンの間では、普段優しいけど怒ったら怖いキキョウママと呼ばれることも多い。こちらもプライベートメガネだけど、ノンフレームだからかあまり印象は変わらない。  本物のメグスクだ。 「だってこうでもしないと全然会わせてくれないし。俺たちも挨拶したかったしね。スオウの愛しのちーちゃんに」 「そうそう」  呆然と見つめていた先の二人の視線が改めてこちらに向き、それだけじゃなくこっちに来た。 「一応初めまして、でいいかな? メグリスクセのキキョウです」  手を差し出されて、慌ててソファーから立ち上がりつつ、手を服で拭いて躊躇いながらも握手。しっかりした男の手ながらもふんわりと柔らかい感じがするのが、キキョウの手という感じで感動する。 「ち、千草泉です。……って、ちーちゃんって」 「俺らの間ではずっと愛称ちーちゃんだから。あ、オレ様メグスクリーダー、モモだよ! よろしく!」  逆側の手を握って、モモがヒーローみたいな挨拶をしてくることにも素直に感動したいんだけど、気になる呼び方をずっとされていて気が気じゃない。  ちーちゃんってなんだ。 「ねーねー、控えめ握手と無遠慮に写真撮らない、いきなりタメ口聞かないだけでめっちゃ印象いいんだけど」 「んーさすがスオウのファン」  ごふっとむせた。  それぞれの手を握ったまま喋るモモとキキョウの言葉がストレートな衝撃で、聞き間違いとも思えないほどはっきり耳に届いた。  さすがスオウのファン。それって。 「いつまでも握ってんなよ」 「え、え、あの」  握手したままだった二人の手を引き剥がして、あかりさんが戸惑う僕を確保する。そしてそのまま腕の中に保護されてソファーに引き戻された。  縄張りを主張するわんこみたいにぐるるると唸っている。可愛い。……ってそうじゃなくて。 「昔からスオウにこまめにファンレターくれてるちーちゃんでしょ? 有名よ、俺らの中で。なにか仕事があるたび熱心にファンレター送ってくれるしルールも節度も守る、ファンの鑑とでも言うべき羨ましいファンって」 「え、え、え」 「あれ?」  僕と会ったことをメンバーに話しているのも驚いたけど、この驚きはその比じゃない。  ファンレターはもちろん送っているけれど、普通に感想を書いているだけで特別目立つことをしたわけでもない。  それなのになんで知られているんだ。しかもちーちゃんって。名前まで覚えられてるってこと? 「えっと、これがスオウだって気づいてないわけじゃないよね?」  僕があまりにも呆気に取られていたからか、キキョウがあかりさんをこれと指差し首を傾げる。  どうやら僕の反応が鈍いのは、あかりさんがスオウだと気づいておらず、それを今知ったからじゃないかと疑われているらしい。  もちろん僕の驚きポイントはそこじゃない。

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