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まどわされて、うかされて 3
そして朝。
「……僕は、なんてことを……」
冷静になった僕は、朝、広いベッドの上で頭の痛い後悔に苛まれていた。
ええ、全部丸ごと覚えております。
自分がいかにバカなことをしたか。
そっと起き上がり、隣にすやすや眠るあかりさんの超絶かっこいい寝姿を見て、静かに大きくため息をつく。そのかっこいい寝顔に昨日までの色っぽい獣のような影はない。
だからと言って過去がなくなったわけでは当然ない。
「……はぁ」
指先でうなじを辿ると、微かな、だけどしっかりと刻まれたでこぼこを感じた。
ただの歯型じゃない。消えないそれは、番の印。
妙にすっきりした体の感覚と合わせて、嫌な結論しか出ない。
ヒートだったんだ。予定外のヒートがいつの間にか始まっていて、二人ともフェロモンに惑わされて盛大にやらかした。番になってしまった。
いつもはもっとわかりやすく決まった日付でヒートが起こるのに、どうしていきなり、と嘆いても文字通り今さらだ。
推測ではあるけれど、あかりさんとの相性が良すぎたんだと思う。そういう相手に出会ってしまった時は勝手に体が反応してしまうというのを聞いたことがある。さすが相性99%。
相手のいるヒートは初めてで、まさかこんなに自然と理性がオフになるものだとは思っていなかった。
快感に対してまったく制御が利かず、それに煽られてラットを起こしていたあかりさんもたぶん理性が緩んでいたんだと思う。
だっていっぱいした。すごいした。アルファのすごさを思い知らされた。
酔いは多少あったけれど前後不覚になるほど酔っ払っていたわけでもない。だから一応記憶はある。あってしまう。
自分の痴態も、熱に浮かされたあかりさんの瞳も、一回一回の体位も。覚えているけれど、一体何回目の時に噛まれたかは記憶が曖昧だ。
だって全部すごかったから、その途中、どの体勢の時にどう噛まれたかが定かじゃない。
「はず……」
両手で顔を隠すと目の前にその光景がフラッシュバックして、恥ずかしさにパニックを起こしそうになる。っていうか起こしてる。
どうしよう。本当にどうしたらいい。
よりにもよって、こんな取り返しのつかない真似を。
……いや、これは事故だ。アルファとオメガならありえる、事故の類。
もう一度うなじを触って、それが消えていないことを確かめて、体中の空気を吐き出すため息。
それから思い切ってベッドを下りると、振動が伝わったのかあかりさんが身じろいだ音がした。
「ん、泉……?」
寝起きのほんの少し掠れた声がかっこいい。なんでこうも隙なくかっこいいのかこの人は。
「おはよう。体大丈夫か?」
「おはようございます。大丈夫です。えっと、僕学校あるんで帰りますね」
ただベッドに寝ているだけでグラビアみたいな雰囲気になるのはさすがとしか言いようがない。
そんなあかりさんをなるべく見ないようにして服を拾い集める。見てしまうとまたちょろい僕はふらふらと惑わされてしまうから。
「ん、じゃあ送ってく」
「いいです! ほんとに。あかりさんはまだ寝ててください」
のっそりと起き上がろうとしたあかりさんをとどめて、手早く服を身に着けた。ああもう、なんでこんなに脱ぎ捨ててるんだ。
「泉?」
ひたすら早口でこの場を去ろうとする僕に、不思議そうな声が届くけどあえて聞かない。
「じゃあお邪魔しました。さよなら!」
服はもう適当に羽織ることで諦めて半ば走り出す勢いでリビングを出ると、靴を引っかけて玄関を飛び出る。あかりさんが朝弱いのは知っているしさすがにあの格好だったらすぐには追ってこれないだろう。そもそもそれほど気になってはいないんじゃないかと思う。そうであってほしい。それぐらいの人間でいたい。
だってあんなタイミングでヒートになるなんて思わないし、しかもその時に偶然首輪を外していたせいで番になるし、予想外のことが多すぎた。
とにかくあかりさんの家から離れようと歩いてしばし、ふと気づいた。
慌てて出てきたせいでスマホしか持っていない。しかも焦って適当に歩いたせいでここがどこかもわからない。でも今さら荷物を取りに行くこともできない。
泣きたい気持ちになって、唯一の持ち物である手元のスマホで助けを求めたのは唯一の頼りになる友達。
「柳くんどうしよう」
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