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首輪はもういらない 1

 いつでも冷静な柳くんは混乱してパニックになっている僕をなだめてくれて、位置情報で現在地を見るやり方を教えてくれたり地図で誘導してくれたりした上で学校で合流してくれて。 「な、なんか千草ボロボロなんだけど……って首輪は? え?」  とりあえずの状況説明はうなじを見せれば一発。その顔からして、だいぶくっきりと跡がついていたんだろう。  さすがにこればっかりは驚きに言葉を失っていたけれど、すぐに思い直したらしく眉をひそめられた。 「警察行く話?」 「行かない。だけどどうしたらいいかわからない」  僕がひどく動揺しているからか、いの一番に事件性を疑われた。確かにそういう事件もよくあるし、どこかわからない場所から帰ってきてこの跡があったらそう思われてもおかしくない。  でも違うんです、と説明にならない説明に困っていたら、少し悩んだ上で僕の家へと行くことになった。外でする話ではないと思ったらしい。  結局柳くんと一緒に帰宅。  そこで番になったこと、無理やりじゃないこと、でも予定外のヒートで気持ちが流されたことと、相手に迷惑がかかることだというのを大雑把に説明した。  あかりさんのことを詳しく言えないからなぜダメなのかを上手く説明できないけれど、マッチングアプリで知り合った人だということだけはとりあえず言った。  本来なら元の目的は達しているはずなんだ。  マッチングした人と番になって、それで終わりのはずだった。なのにどうしてこんなに困っているか、それはやっぱり相手があかりさんだからに他ならないんだけど、そこのところをどう誤魔化して説明したものか。 「……これは俺の推測だから当たってるかどうかは答えなくていいけど、せっかく元から好きな人と番になったんだったら大人しく喜べばいいんじゃないの?」  なにかを考え込んだまま難しい顔をしていた柳くんは、けれど口を開いた途端とんでもない爆弾を投げてきた。  名前も正体もなにもかもを伏せて話していて、自分でさえ問題を上手く伝えられないもどかしさに歯噛みしていたというのに。  なんで柳くんは平然としたままピンポイントの答えに行き着いているんだ……?  いや、この場合はっきり名前を言われたわけじゃないからまだ僕の勘違いかもしれないけど。 「千草さ、その『運命』の人と会ってから全然メグスクの話してないのわかってる?」  口をあんぐり開けたままの僕が理解できるようにか、ことさらゆっくりとした口調で問う柳くん。やっぱり勘違いではないのか。 「して、ない? えっと、うん、してないかもしれないけど」  それどころじゃなかったというのももちろんあるけれど、なにか口を滑らせるんじゃないかと思ってメグスクの話はしていない。思い返せばそうだ。  だからって、話をしまくって匂わせたのならまだしも、しないことが答えになるなんてあまりにも唐突過ぎないだろうか。 「うん、わかるよ。普通はそうとは限らない。でも千草がメグスクの話を一切しないだけじゃなく、明らかにアプリで会った人のことで頭がいっぱいになってた。それはすごく変なことなんだよ、君が思っている以上に」  立てた人差し指を目の前に突き出されて、真剣な顔で告げられる。  あかりさんに会ってからというもの、確かにあかりさんのことばかり考えていた。それは僕にとってメグスクのことを考えているのも同じだったけど、だからこそ口には出せなかったからおかしかったのか。  柳くんは僕を指していた指先でメガネを上げ、それから難しい顔を崩さず腕組みをする。学食でメニューを選んでる時にも同じ顔をするから別に怒っているわけではないのを僕は知っている。 「まあ、すごく相性の合う人と会ったのかもしれないけど。それにしたって、突然現れた人の方が今まであれだけ騒いでいた『スオウ』を抜いて一番になっちゃうっていうのは千草に限ってありえない。だから、考えられる答えは一つ。その相手が『スオウ』だってこと」  好きで毎日話していたからこそ、話さないことが逆説的に答えになってしまうとはなんとも僕らしい情けない理由だ。  それでもそんなことで正しい答えに辿り着く柳くんがさすがすぎる。名探偵すぎて、僕が犯人だったら事件を起こす前に捕まりそうだ。 「普通だったらありえない強引な仮説だけどね。ただ千草がそこまでわかりやすく右往左往する相手が他にいると思えないから。あと、口が堅すぎる。そこにファンの姿勢が出ちゃってる」  この場合柳くんが特別鋭いのか僕がわかりやすすぎるのか。たぶん僕なんだろうけど。 「で、まあ相手の答え合わせはいいとして、めでたく番になったんだから今は難しいこと考えなくていいんじゃないのってのが俺の考え。なにかあったらその時に対処するしかないし、相手だって望んで番になったんだろうし。さすがにお互いフェロモンに惑わされただけではないでしょ? まあタイミングはちょっと唐突だったかもしれないけど、付き合ったらいつかはって話だろうし」 「でも、迷惑かけたくなくて……」 「お互い大人同士だし、望んだことならいいと思うんだけど……ファンすぎるんだろうなぁ千草が」  どうしてもあかりさんに迷惑がかかる量が多い。幸いアルファはオメガと違って見た目で番がいることはわからないから、僕がいなくなればそれでなんとかなるんじゃないかと思うんだ。解消するやり方だってある。そうすれば無駄に騒がれることもないんじゃないかって。  アイドルとしての足枷にはなりたくなくて、でも番にはなってしまっていて、だからどうしようと悩んでいるんだけど、柳くんにはあまりピンと来ていないらしい。  言葉を探すように頭を掻いて、柳くんは急になにか思いついたように僕の顔を見た。

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