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首輪はもういらない 5

「あー! お前俺の……!」 「悪い、手が滑った」  閉じられていたドアが開いていて、廊下の明かりをバックに立つあかりさんはさながらステージに立っているかのよう。いや、ライブの時はここまで怒りを込めた無表情ではないけれど。  その足元でガツン、と硬いところに硬いものが当たった音がしたのは、あかりさんが潤から取り上げたカメラをその場に落としたから。さすがにそれには驚愕したのか、潤が勢いよく立ち上がったから拘束から解放される。 「弁償はする。ただ、どうしてこんなことになってるのか説明してくれるか?」 「こ、これは」  平坦な口調は冷静な分恐怖をまとっていて、潤が動揺して僕を見てきた。いや、いくらあかりさんが怖いからって僕に助けを求められましても。  意外と冷静に起き上がってそんなことを思えるのは、そこにあかりさんがいるから。 「あ、あんたがオメガの家に通ってる写真が撮れたから、親切に気を付けろって忠告しにきてやっただけだよ。もし偶然週刊誌にでも流れたら困るだろ」  声を上擦らせながらも強気な潤の説明が、一応嘘ではないのがなんとも。  普通ならそれだけ言って逃げられたかもしれないけれど、相手が悪い。アルファとしての圧が違う。 「別に俺はバラされてもなにも困らないが、俺の番の家に土足で侵入して暴行しているお前は困らないのか?」  脅したはずの本人に堂々と言い切られれば、それ以上反論の言葉がない。  しかも土足を指摘されて今さら床から足を離すけど、本当に今さらだ。そんなことで今したことが消えるわけではないのは、潤もわかっているようだ。  明らかに立場が変わっている潤を前にして、あかりさんは下に散らばる写真に目をやった。そして小さく肩をすくめる。 「こんな立派なカメラで撮るのが盗撮写真とは。二束三文で買い叩かれる写真に価値を見出してるのか?」 「なっ……」 「そういえば泉の写真も盗撮してるらしいな。せっかくこんないいモデルがいるのにこんな真似までしてなにやってるんだ。アルファだオメガだと言ってやったことがこれか? これでカメラマンになるだなんて笑わせるな」  あかりさんが、怒ってる。  早口で詰めるように喋るのは普段見たことのない姿で、淡々としているけれど怒りがびしばしと伝わってくる。それが向けられているのが自分じゃなくても思わず身を縮める迫力だ。 「それは……」 「大体お前の撮ったものは構図も甘いし、光量も足りない。そもそも題材がスキャンダル狙いじゃ先がないだろ。そうじゃない分、こっちの写真の方がよっぽどいい写真だ。それでもう一度聞くがなにしに来た?」  拾ったのはSNSで流されていた方で、確かにそっちの方がいい表情を切り取っている。そちらも盗撮ではあるけれど、あかりさんを見かけて嬉しい気持ちはしっかり映っている。  真正面からまくし立てられてぐっと唇を噛む潤はまさしくぐうの音も出ない状況でその場を動かない。逃げたいは逃げたいだろうけど、そうすることで今以上に不利な状況になることは明白で。  そしてあかりさんは糾弾するだけじゃ終わらなかった。  僕と潤の間に入って安全を確保してから立ち尽くす潤の話を聞き出した。そして写真を撮るのをやめさせるのではなく、本来の夢へ向かう方へ誘導したんだ。  僕にしたことがどれだけ悪いことが言い含めることも忘れず、厳しくも間違いの道から正しい道へ進む方法も示した。 「兄貴……」  最終的にすっかりとあかりさんに惚れ込んだ潤は、尊敬の念がこもった瞳で見つめるまで変わった。すごい、まさしく更生だ。  しかも懇々と言い聞かされた結果僕を見る目がすっかり変わった潤は、僕に向かって深々と頭を下げるほど心を入れ替えたようで。 「ごめん、千草。前にお前を撮った時いい写真が撮れたから、もっと自然な表情のストーリーのある写真が撮りたくて……。嫌なことしてごめん。お前すごくいい嫌な顔するから」 「全然嬉しくないしもう撮らないでほしい」 「悪かった。もう勝手に撮らないから。色々ごめん」  上辺だけとは思えない反省しきった態度に、こちらの怒りも萎む。  そして潤は何度も頭を下げて出ていった。すっかり人が変わったみたいにしょんぼりしていたけれど、目が澄んでいた。まるで別人だ。こんなに短時間で人を変えられるって、アイドルってすごい。

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