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首輪はもういらない 6
「……本当は問答無用で叩き出しても良かったんだが」
「ダメですよ!」
そのアイドルは、最後まで警戒する体勢を崩さないまま物騒なことを言っている。こんなところで騒ぎになったら一番困るのはあかりさんだ。助けてもらってなんだけど、手を出さないでいてくれて本当に良かった。
でもあまりに残念そうに言うものだから、お礼を言うより先につっこんでしまったじゃないか。
「泉から興味を逸らさせないと、またどんなちょっかいをかけられるかわからないからと思ってな。生ぬるい対応で申し訳ない。本当はしっかり懲らしめたかったし、泉にしたことを思い知らせたかった」
心の底から悔しそうに呟くあかりさんの握りしめられた手をそっと包み込んで首を振る。
怒りに任せるんじゃなく、後のことを考えて大人の対応をしてくれて嬉しい。
さすが僕の憧れだ。だからかっこいいほど悔しそうな顔をしないでほしい。
「……遅くなって悪かった。ためらわないでもっと早く来るべきだった」
いつまでも警戒していても仕方ないと思ったのか、玄関のカギを閉めてやっとあかりさんは一息ついてくれた。そして僕の身を確認するようにチェックをした後、保護するように抱きしめてきた。
頼もしいのに、どこかすがるような感じに思えた理由はすぐにわかった。
ずっと冷静さを保った顔をしていたけれど、胸に耳を当てると恐ろしく鼓動が早い。その音を聞いて、僕の方はひどく安心してしまった。あかりさんでもこんなに慌てるのか。
「来てくれて嬉しいです。助けてくれてありがとうございます」
「怖い思いさせてごめん。……肝が冷えた」
はああと今度こそ大きく息を吐いて今の気持ちを短く教えてくれたあかりさんは、ふと力を抜いて僕の顔を覗き込んできた。
「……で、いいのか? 俺はこうしていて。なにか俺に問題があったんじゃないのか?」
「いいえ。あかりさんにはなんにも。僕の問題です。……それも、友達と話してだいぶすっきりしました」
柳くんに背中を押されて、ちゃんと話そうと思えた。
どんな気持でも、まずは僕の思いをちゃんと言葉にしなければ。
「それで、どういう話になってる?」
「僕、やっぱり無理です。あかりさんと番になるの」
言った瞬間、あかりさんの体が強張ったのがわかった。
本来ならこれは番になる前に話しておくべきことだった。それなのに予定外のヒートのせいで順番が狂ってしまった。つくづくヒートというやつは厄介なものだ。
「それはどういう……」
「だから、しばらくの間徹底的に隠してもらってもいいですか」
「え?」
「僕が、あかりさんに見合う相手になるまで、隠してもらいたいです」
ただそのおかげで、自分では一生できなかっただろう思いきった考えができた。きっとこうならなかったらこんな風に考えられなかったはずだ。
柳くん曰く、「番になっちゃったんだから仕方がない」だ。
番の解消で問題が解決されないのなら、もう僕が認められる番に僕が頑張ってなるしかない。
「あかりさんのことが好きだし、なによりファンだから。今の僕で、迷惑かけたくないんです」
「迷惑だと思うなら最初から噛んでないし、泉は自分の価値がわかってなさすぎる。どれだけ泉の手紙で頑張れたことか。しっかり俺を作る成分になっていることを自覚してくれ」
嬉しさと気恥ずかしさが混ざった、でもやっぱり嬉しい言葉とともに抱きしめる腕に力を込められその温かさに浸る。
やっぱりあかりさんの腕の中は安心する場所なんだと改めて思った。
「でもいいよ、わかった。泉がそう言うならそうする。ただ、早いとこ諦めてももらいたい。俺はいつでもイチャイチャしたい」
「い、イチャイチャは家の中でできるじゃないですか」
「人に見えない場所だと歯止めが利かなくなるけどいいか?」
「良くないです。あと僕スオウの大ファンだってこと覚えておいてください」
「知ってる。だからそれに頼るのは奥の手にしとく」
掻き回すように頭を撫でられ、気恥ずかしさに笑みが漏れる。頭をぽんぽんされるより親しい感じがして、その胸にぐりぐりと顔を擦り付けた。あかりさんの匂いがいっぱいで、さっきまでの怖さが全部吹き飛んだ。魔法の香りなのかもしれない。
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