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12月 1

 給料日を待ち構えていた晃嗣は、その日の夜にディレット・マルティールの会員専用ページにアクセスした。パスワードの入力を間違え、一人であたふたする。  自宅まで見舞いに行った仲だというのに、晃嗣と秘密の推しとの関係は、会社の顔見知りから一向に進まない。互いにアクションを起こさないのだから当然なのだが、会社でやたらに仲良くするのは憚られる。少なくとも晃嗣は、欲望に任せて行動し、ゲイであることと、朔に金を払って性的奉仕をさせたことがバレるきっかけを作りたくなかった。  朔が小遣い稼ぎに、週2日のんびりデリヘルで働いているのだと思っていたが、12月の土曜日に彼を指名するのは、事実上不可能だった。14時から夜まで空きが無い。  晃嗣は諦めて、来週の水曜日の21時に、通常コースで朔を仮押さえする。たぶん自分の前にもう1人、誰かの相手をしているのだろうと考えると、緩く不快感が胸に湧いた。……嫉妬だろうか。そんな自分を、つまらない人間だと晃嗣は思う。  予約は滞りなく完了した。先ほどの不快感は、朔のにこにこと笑う顔を思い出しているうちに消えた。  晃嗣は明らかに、自分が高畑朔をどう思っているのかわからなくなっていた。恋人ごっこの相手としては、申し分ない。ただ、デリヘルのスタッフではない時の朔が、好意のようなものをちらつかせることに戸惑う。  友情や、ペットに対する愛情のようなものを向けられるのであっても、晃嗣は十分嬉しい。だが話をして理解した限りでは、朔はバイセクシャルではなく完全にゲイだ。だからつい期待してしまう。  晃嗣はそこまで考え、期待してしまう自分は一体何なのだと思う。朔とは、恋人ごっこでいい筈だ。そのほうが、お互いのためだろう。彼は若いし、自分は愛だの恋だのが今はちょっと重く、拗れた時に傷つきたくないから。  俺は惰弱になった。晃嗣はマウスを動かしてパソコンをシャットダウンした。もう少し若い頃は、良くも悪くもがつがつしていて、それが仕事とプライベートを潤滑に動かしていた。ゲイバーで出会った相手とも、互いに遊びだと割り切ることができた。  だが今はどうだ? あの若くて優秀な同僚に抱いている感情が、自分でもよくわからない。彼が自分を本当のところどう思っているのか、尋ねるのが怖い。  だから朔をデリヘルのスタッフとして指名する。そうすることで、遠慮なく彼と性的な愉しみに耽ることができるからだ。要するに、決めることや認めることから逃げている俺は卑怯な訳だ。  あいつにちゃんと訊いたほうがいいのかな。何て? 俺ってきみにとって何なんだ? 憎からず思ってくれてるみたいだけど、どういう種類の好きなんだ?  晃嗣の口から長い溜め息が出た。だから、こんなことを訊いて、爽やかな笑顔で、やだなぁ柴田さん、恋人ごっこじゃなかったっけ、マジになるとかウケるからやめてくれない? などと言われたらたぶん傷つく……。  考えるのが嫌になってきた。晃嗣は冷蔵庫の扉を開けて、今日の帰りに買ったばかりの缶ビールを出した。駄目だ、気楽に受け止めよう。彼に会うことを、とにかく楽しむのだ。ビールのタブを起こすと、如何にも美味しそうな、プシッという音が鳴った。暖房がふわりと効いた部屋で飲む冷えたビールは、晃嗣をしばし満足させてくれそうだった。

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