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12月 5 ②

 雨の音を聞きながら、部屋で独り悶々としていた晃嗣は、学生時代の部活動の同期で作ったグループLINEが賑やかになっていることに、ようやく気づいた。 「来週水曜は現役の定演でーす」  普段から連絡の取りまとめをしてくれている男子の一報に、沢山のスタンプや質問がぶら下がっている。そういえば少し前に、封書で招待状が来ていたと思い出す。大学を卒業して10年経ち、晃嗣はその連絡を、懐かしいというよりは、自分と切り離された世界の話題のように受け取りつつあった。  晃嗣の大学の吹奏楽部は、定期演奏会を12月上旬から12月中旬の間に、毎年開催する。部への寄附金を握って馳せ参じるのが卒業生の務めだが、都内に暮らしていても行かない者もいる。至極当然で、卒業してからずっと通うほうが、おそらく普通ではないと晃嗣は思う。  同期とは会ってもいいが、上級生や下級生と挨拶を交わすのは面倒臭い。今年も欠席と返事をしようとして、晃嗣はふと手を止めた。楽器できる人とかほんと尊敬します、と言った、朔の朗らかな声が耳の奥で蘇った。  ディレット・マルティールの会員ページにアクセスして、マイページを開いた。3回続けて指名したスタッフさくのスケジュールに、すぐアクセスできるようになっていることに気づき、少し驚く。  来週の水曜日、朔の予定は丸々空いていた。駄目元でチェックしたので、奇跡が起きたのかと晃嗣はわくわくする。急いで18時半から21時、デートコースの最大時間のマスをクリックした。  開演時間にホールで待ち合わせて、演奏会が約2時間。何なら途中で捌けてもいい。その後、軽く食事をする。ホールの最寄り駅周辺に、何なりと店はあったはずだ。  すぐに申し込み完了のメッセージが来た。晃嗣は嬉しくなったが、もしかしたらこれが最後のデートになるかもしれないと、一人で悲壮な決意をする。指名という形を取るのは、朔を縛るためではなく、晃嗣自身の心を決めるためだった。  朔のこれからの身の振り方によっては、晃嗣はこの「恋人ごっこの契約」に終止符を打つつもりでいた。朔が何らかの好意を自分に抱いてくれているのは、察している。恋人としては淡いものかもしれないが、晃嗣には大きな喜びだった。しかしこれが、朔の描く未来に雨雲をかけるようなことになってはいけない。それに晃嗣は、朔が女性と結婚し、もしそれ以後自分と会いたいと言ってくれたとしても、やはり妻のいる人間と関係を続ける気は無かった。  この日に、朔の口から返事を貰うのだ。家族のために見合いをして、家庭を持つ気なのか。  ふと晃嗣は、そんな訳ないじゃんと朔が答えたら、どう話を続けようかと思った。そしてまた自分が、悪いようにばかり考え、勝手な決めつけをしつつあることに気づく。  晃嗣は独りで失笑した。ディレット・マルティールの会員ページからログアウトして、LINEを再度立ち上げる。行くとか行かないとか書かれた吹き出しが飛び交うトークルームに、メッセージを打ち込んだ。 「会社の同僚と行くつもり。途中で消えるかもしれないです。でなくとも、終演後とっとと去ります」  送信すると、皆暇なのか、新しいメッセージが次々に湧き出した。 「あっ柴田3年ぶり!」 「サックス現役6人いるから柴田くんに差し入れ頼むね♡」 「会社の同僚? 彼女でなく?」 「途中で消えるとか何⁉ こーじやらしい」  晃嗣は言葉を選ばなかったことを後悔した。20人の同期のうち、まだ結婚していない者のほうが少なくなったので、独身者は匂わせ風な発言をすると、興味津々の総攻撃を受けてしまう。 「男です。彼氏(笑)」  晃嗣が冗談にしてしまうと、笑いや「ウケる」「マジか」のスタンプが次々と画面に現れた。まさか俺が本当に、彼氏みたいな男を連れて行くとは思わないよな。  晃嗣は苦笑した。雨の音は強くなっていたが、朝から悩まされているモヤモヤしたものが、少しだけ晴れたような気がした。  そして再び、ディレット・マルティールの会員ページに入った。朔にほんの少しなら、してやれることがなくも無いと思い立つ。  これもおそらく、朔を3回指名したので現れたのだろう。「パトロヌス制のご案内とお申し込みフォーム」というリンクがマイページにできていた。クリックして案内を読むと、シルバースタッフのさくに出資できる金額は、毎月あるいは隔月2000円から10000円のようである。  手数料を考えると、最低金額の2000円では、朔の手許に1500円ほどしか渡らないだろう。今時小学生でも、もう少し小遣いを貰っていそうだと思い、晃嗣は首を捻る。  いやしかし、見栄を張ってはいけない。金額は変更が可能だというし、無理して続かなくなるよりは、細々でも継続できるほうがいい。そう、もし朔との恋人ごっこが終わったとしても……彼がこのクラブのスタッフでいる間は、僅かでも彼の助けになるように。  彼に恩を着せるつもりは無かったが、少しだけ自分を記憶に留めてほしいという、さもしい願望はあった。

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