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12月 5 ③

 晃嗣がデートコースの指名を入れたことと、パトロンになったことについて、朔は早々に、ディレット・マルティールのアドレスとLINEのアカウントの両方から礼を言ってきた。その日は一日忙しかったのだろう、ゆっくりとメッセージのやり取りができたのは、翌日の夜だった。 「柴田さんが演奏会に出るんだと思った! でも一人だとそういうコンサートには行かないから嬉しい」  LINEでのラフな言葉は、社交辞令ではないらしかった。晃嗣も嬉しくなる。 「パトロヌス制、感謝です! でも本当に無理のない範囲でお願いします。登録して3ヶ月は解除できないけど、困ると言ってもらえたら、俺から直接返すので」  たった月2000円でこんな風に言われて、晃嗣は気恥ずかしくなった。 「しばらく大丈夫、ボーナスも出たし管理職手当をもらう身になるかもしれないし」 「課長補佐になったら俺からお祝いさせてくださいね」  朔の父親の容体は落ち着いているようで、2日有休を取った次の日以降、朔は普段通り出勤している。取引先への年末の挨拶が始まったらしく、朔は外回りばかりのようで、昼食を一緒にとる機会は持てなかった。 「これは予約してくれてる人みんなに言ってるんだけど、父に何かあった場合急なキャンセルになるかも、とは含み置きください」  朔の言葉に晃嗣は了解、と返す。彼は、同級生とのお見合いの話は出してこない。 「でも学生時代の友達と繋がり結構残ってるの羨ましい」  朔は書いて寄越す。晃嗣は問うてみる。 「水泳は? 高校だけって言ってたかな」 「大学では半年だけ。そんな優秀な選手でもなかったし、バイト優先で」 「ディレット・マルティール?」 「そっちは3回生、父の癌がわかってから。妹が大学に行けなくなりそうだったから、居酒屋のバイトだけじゃ間に合わなくなってしまいまして」  朔は父親の病名を、晃嗣にはもう隠さなかった。また朔は、水泳部を辞めてアルバイトを週5日入れ、土曜日の朝に東京に向けて仙台を出発し、半日デリヘルで働いたと話す。 「出張してたんだ」  晃嗣は仰天した。あの仕事は学生時代からだと最初に聞いた時、仙台で客の相手をしていたのだと思ったからである。 「仙台にお客様がいらしたこともあったけど、基本都内です。交通費全額出してくれるし、遅くなる日はビジホも用意してもらえた」  それで翌日は、仙台での居酒屋バイトの開始時間を見ながら、プレ就活として情報収集をしたり、仙台に来ない展覧会を博物館で観たりしたと朔は話す。ディレット・マルティールは日曜が休業日だ。スタッフのほとんどが、学業や会社勤めと兼ねているかららしい。  朔は大学が優秀な学生に出す、返済不要の奨学金を受けていた。だが妹は、そこまで成績は良くなかったようで、朔がデリヘルで稼いだ分は、彼女の学費の補助に使ったという。 「返済が必要な奨学金なんてただの借金だし、できるだけ妹には少額で済ませてほしくて」 「わかります。あれはアメリカみたいに学生ローンって名前にするべきだと思う」  つい晃嗣が返すと、朔はうんうん、と頷くうさぎのスタンプを送ってきた。  部活動のみならず、学生らしい楽しみを全て犠牲にしたのではないのか。苦学生と呼んでも差し支えない朔の昔話に、晃嗣の胸の深いところが痛む。自分が奨学金を受けず、緩いアルバイトをするだけで大学に通えたことに、晃嗣はあらためて両親に感謝する。  演奏会の日の待ち合わせ場所を決め、フォーマルな格好で来る必要は全く無いと伝えて、やり取りは終わった。すっかり朔とのLINEを楽しんでしまった晃嗣は、この関係を何とかこれからも続ける方法は無いかと、悪あがきをしていろいろ思索を巡らせてみる。しかしやはり、朔の決定次第では、自分が身を引くしかないという結論しか出ない。  楽しみにしてます、という朔からの最後のメッセージを再度見直し、晃嗣はひとつ溜め息をついた。そしてスマートフォンをコンセントに繋いだ。こんな調子で、本当に朔ときちんと話せるだろうか。来週の水曜を楽しみにする思いとはうらはらに、不安のようなものが晃嗣の胸の中に広がっていった。

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