33 / 49

12月 7

 その後の2日間を、晃嗣は自分でもどう過ごしたのかわからなかった。  朔は翌日の朝一番に、アフターのメールで、不愉快な思いをさせたと詫びてきた。そして昼までは、誤解だからちゃんと話したいとメッセージを数度寄越したが、晃嗣は既読スルーしてしまった。するとそれ以降、朔は遂に何も言って来なくなった。  特に予定もなく土曜日を迎え、部屋でホットカーペットの上に身を投げ、ぼんやり天井を見ていた晃嗣は、独りでいるとメンタル的にまずいと自覚した。明日は友人が参加するアマチュア楽団のクリスマスコンサートがあるので、気が紛れる。これから昼食を済ませて、駅前で友人への差し入れを見繕い、喫茶店でコーヒーでも飲もうと計画する。  その時、スマートフォンがカーペットの上でぶるぶると音を立てた。朔からだろうかと身構えた晃嗣だったが、表示された番号と名前に、別の緊張感を覚えた。ディレット・マルティールの事務所からの着信だった。  晃嗣が慎重にもしもし、と応じると、久しぶりに聞く神崎綾乃の声が、丁寧に挨拶してきた。 「お休みのところ申し訳ありません、少しよろしいですか?」  神崎に言われて、晃嗣ははい、と答えた。彼女は声に詫びのニュアンスをこめながら話す。 「朔が水曜日に柴田様に粗相をしたと申告してきました、申し訳ありません……私からもお詫び申し上げます」  晃嗣はぎょっとした。指名時間中に小競り合いが起きた以上は、朔も神崎に報告する義務があるのだろう。とは言え朔に、ましてや神崎に謝罪してもらうようなことではない。 「あ、違います……朔さんに不愉快な思いをさせていたのは私のほうなんです」 「朔はそのようには申しておりません、自分の説明が下手で柴田様に誤解を与えたと言っておりました……ただ何を柴田様に伝えようとしたのかを話してくれないものですから」  それでは報告の意味がない。クレバーな朔にしては、神崎に雑な対応をしたものである。 「もう私に金を出されたくないと朔さんは言いました……憐れまれるのも辛いと」  晃嗣の説明に、電話の向こうで神崎は、まあ! と珍しく感情的な声を立てた。 「どういう意味で言ったにしろ、失礼なことには変わりありません、本当に申し訳ありません」  いいえ、と晃嗣は返した。心の中にできた空洞に、神崎の声が響く。 「ただ朔は今までにない焦った様子で……今日も沢山予約が入っていて忙しくしていますけれど、夜にもし朔が連絡を寄越したら、少し話を聞いてやることは難しいですか?」  晃嗣は即答できない。嫌な沈黙の後に、神崎は言った。 「このようなお話は柴田様にとって苦痛ですね……聞かなかったことにしてください、朔には私からも、柴田様を煩わせないよう注意しておきます」  そう言われてしまうと、酷く寂しい気分になった。晃嗣はつい、あの、と神崎に話しかけてしまう。 「本当に朔さんが悪いんじゃないんです、ただ彼の話を聞いてどうなるものでもないと思うし……これ以上辛くなりたくないというか」 「はい、それはお察しいたします」 「少し落ち着く時間が欲しいと彼に伝えていただけますか? 今すぐ退会を考えてる訳ではありませんので」  神崎は承知した旨を晃嗣に伝えてから、再び丁寧に挨拶して電話を切った。  俺が何を誤解したと言いたいのだろう。ずっと考えているのだが、晃嗣にはよくわからない。それに神崎は頼りになるし、こんな場面で上手く立ち回ってくれそうなのに、何故朔は彼女に自分の考えを話さないのだろう?  いずれにせよ、朔はこれから夜までずっと客の相手だから、メッセージを送っては来ないだろう。ほっとするような寂しいような、複雑な気分だった。

ともだちにシェアしよう!