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12月 9

 桂山と話した後で、何度も何度も打ち直して、晃嗣が朔に送ったメッセージは、「営業課のクリスマスパーティに顔を出すことになりました。その時に少し話せたらと思います。」という愛想の無いものだった。「あの日はごめんなさい」と言うのも晃嗣の気持ちにやや合わないし、「神崎さんから連絡を貰いました」と言うのは、何処か他人事のような感じがする。いずれにせよ若い子のようには、短いメッセージで上手く伝えられない。送信ボタンをタップするために変に緊張した晃嗣は、その後すぐに寝る準備を始めた。  世の中はクリスマスや年末を迎えるために浮かれているが、人事の業務はいつも通り、月末の慌ただしさに突入しつつあった。翌日晃嗣は、鞄の中のスマートフォンの様子を気にする暇も無く、昼休みを迎えた。送ったメッセージは今朝既読になっていたが、朔からの返事は無い。スルーされていると思うと悲しくなったが、先週同じことを彼にしたのだから、ある意味仕方なかった。  自分のデスクでパン屋のサンドウィッチを広げていた晃嗣は、それを食べ終わる頃、LINEのプッシュアップ通知に待ち人の名が出たことにびくりとなった。やたらとどきどきしながら、朔とのトークルームを開く。 「連絡ありがとうございます。23日は午後から複数の会社に回らなくてはいけないので、パーティには少し遅れそうです」  桂山の話していた通りの情報である。すると新しい吹き出しがすぐに画面に現れた。 「先週取引先から頼まれていた急ぎの案件の返事をすっかり忘れていて、今朝先方からお叱りを受けました。直接謝りに行くのは却って逆効果でしょうか」  晃嗣はいきなり問われて、独りでえっ? と呟いた。近くのデスクに誰もいないので、何に気を遣うこともなかったが。  何故俺に訊くんだ。晃嗣は首を傾げたが、朔が困っているのは伝わって来たので、慎重に返事する。 「先方がどれくらいお怒りかによるでしょう。桂山課長に報告しましたか?」  返事はすぐに来た。朔も何処かで昼を食べているのだろう。 「連絡があった時、課長もいたのでご存知です。案件の処理はもう済ませて、先方が希望する納期には間に合いそうです」 「ではわざわざ顔を出さなくても、次回その会社に行く時にあらためて謝ればいいのでは?」  少し間が開いた。晃嗣は紅茶に口をつける。ぴょこっと新しいメッセージが現れた。 「課長がよく知る取引先なので、自分が一緒に謝っておくと言ってくれたのですが、それで私から先方に何も言わないのもどうかと思っています」  朔のレスを読み、負けず嫌いのような面があるのだなと晃嗣は思う。自分の失敗は最後まで自分で処理したいのだろう。  だが、ミスした当人が勝手に動くのは、先方に不快感を与えることもあり、2次クレームの原因になりかねない。晃嗣は指を動かす。 「直接謝りに行きたいと桂山さんに考えを話し、指示を仰ぐべきでしょう。案件の重要性と取引先の様子がわからないので、それ以上のことは私からは言えないです」  送信してから、突き放すような書き方をしてしまったような気がした。慌ててスタンプを探し、がんばれ、という字と潮を吹くクジラの絵柄を選んで送る。  また少し間を置いて、ありがとうございます、というスタンプが来た。字の下のほうで頭を下げているのは、カタツムリのようだ。お互い季節感の無いことである。  やり取りはそこで止まった。全くのビジネスの連絡、しかも晃嗣に直接関わりの無い案件だったが、まあ良しとする。勇気を振り絞り送ったLINEに一応反応して貰えたのは、嬉しい。朔を煩わせているミスの事後処理が上手く運ぶように、誰にともなく晃嗣は祈った。  朔は優秀らしいので、これまでこんな凡ミスをしたことが無かったのかもしれない。焦燥のあまり、畑違いの晃嗣なんかに相談して来たのだろう。約束をうっかり忘れてしまった自分を責めていそうだ。だが人のやることには、必ず洩れや抜けが生じるものなので、大切なのは気づいたその後、どう行動するかである。それを朔が学んでくれたらいいと、多少彼より長く生きる身として、晃嗣は思う。  少し冷めた紅茶をゆっくり飲んでいると、昼食を済ませた人事課の社員が、ひとりふたりと部屋に戻ってきた。もうすぐ昼休みが終わる。朔は今何処にいるのだろうか。晃嗣はふわりと彼に思いを馳せ、ぎすぎすしていた胸の内が緩むのを感じた。

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