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12月 10 ④
「会津若松の出なんだ、俺の実家より内陸だからぱっと帰りにくくて」
同じ福島県出身者として、その社員とも話すのだろう。朔が彼を見る目は優しかった。
「そうか、朔さんは家が恋しくて泣いたことはないの?」
晃嗣の問いに、朔は茶を飲んでから唇を歪めた。笑いにすることができないという顔だった。
「……無いんだよね、実は……大学生になった時も就職決まった時も、開放感しか無かった」
朔は自嘲するような笑みを口許に浮かべ、晃嗣を見上げた。
その時箱を持った男女が傍に来て、中から番号を選ぶように促してきた。晃嗣は箱の中に手を突っ込み、半分に折られた小さな紙を取る。
「その番号がついたプレゼントを前に取りに来てください、全員取り終わるまで開けないでくださいね」
朔は尻に根を生やしているようなので、彼の分も取ってきてやることにした。晃嗣は手島に案内され、ずらりと紙袋やリボンのかかったナイロン袋が並べられた一角に向かう。
あっ。晃嗣は声が出そうになるのを抑えた。朔の引いた18番は、晃嗣が持参した今治タオルの紙袋につけられていた。
晃嗣が引き当てた35番のプレゼントは、一番入り口近くに置いてある。おそらく持ち込まれた順に番号がつけられているので、朔が今しがた持ってきたものではないだろうか。晃嗣はちょっとどきどきしながら、2つの紙袋を手に取った。
わいわい言いながら全員がプレゼントを受け取ると、またアナウンスが始まる。
「では皆さん、ご開封ください! こんなもの要らないと思う物は、勝手に交換していただいて構いませんが、決して置いて帰らないでくださいよ!」
一斉にばりばりと紙を破る音や、くしゃくしゃセロハンを剥がす音がした。続いて叫び声や笑い声が起こる。
「だからエロ系はダメだって去年言ってただろうがっ!」
「やだぁ男もののパンツとか、あたし穿かせる人いないんだけどっ」
部屋の中は爆笑に包まれ、やんややんやの大騒ぎになった。晃嗣はファストな衣料店の紙袋を開き、中に入っているスウェットの上下を取り出した。モスグリーンはやや地味だが、サイズは合いそうなので、寝間着に良さそうである。
朔は大小の2枚のタオルを広げていた。何の変哲もないタオルは嬉しくないだろうと晃嗣は思ったが、意外にも彼は目を輝かせた。
「おーっ、今治タオルって初めて、何この気持ちいい厚み……」
朔は頬にタオルを当てて目を細めた。気に入って貰えて良かったと、晃嗣が密かに喜んでいると、彼は晃嗣が手にしているスウェットを見て、ああっ! と叫び立ち上がった。
「ちょっと皆さん聞いてっ! 俺のプレゼントを柴田さんが選んでくれてるよ! これが愛の力でなくて何なの?」
笑いと拍手が起きて、既に酔いが醒めている晃嗣は、本当に逃げ出したかった。朔は調子に乗って続ける。
「ちなみに俺は生まれて初めて今治タオルを貰いました、ありがとうございます」
えーっいいなぁ、と子供用のバドミントンセットを振りながら、男子社員が言った。朔は両腕を広げる。
「めちゃ嬉しくてハグしたいので、贈り主さんに申し出て貰えたらなーと思います」
「はーい虚偽申告しまーす」
手を挙げた女子社員に、笑いとともに総突っ込みが入る。
「プレゼント交換の贈り主をバラすのはコンプライアンス違反だ、さっくん!」
「こういう不埒な女が出るからやめなさい!」
場がカオスになりつつあった。とても事実を言い出せない晃嗣は、朔の傍で笑うしかない。
何とかその場が収まると、今度は課長補の花谷が締めの挨拶をして、パーティはお開きとなった。料理はきれいに食べ尽くされ、酒の残りを処理する者と、片づけを始める者に何となく役割が分かれている。朔がうつらうつらし始めたので椅子に放置して、晃嗣は片づけを手伝うことにした。
想定外の話題を提供した晃嗣は、営業課の連中から面白い人認定されてしまったらしく、やたらと話しかけられた。基本的に営業をしている者は社交的で当たりが良い。晃嗣はこんな雰囲気が、やはり懐かしい。営業畑に戻りたいとは思わないけれど、好きだったのは確かだった。
テーブルと椅子を会議モードに並べ直し、21時に片づけが終わった。この短時間で、缶や瓶のゴミ袋が、食べ物に使った紙のゴミの3倍出ているのが恐ろしい。
「ゴミは外に出して……じゃあみんな気をつけて帰って、潰れてるのを連れて帰る段取りはできたか?」
桂山は部下を見送りながら言う。数名の酔い潰れた社員を、帰る方向が一緒の者が送る段取りになっているらしい。朔は要見送りメンバーに入っているが、イベントの事務系処理の担当らしい平岡 が報告した。
「課長、さっくんが柴田さんでないと嫌だってわがまま言ってまーす」
壁に凭 れて半分寝ている朔と平岡を見て、桂山がマジか、と呆れたように言う。
「柴田さん、ご自宅どこですか?」
「日暮里です」
晃嗣が桂山に答えると、彼は苦笑した。
「さっくんは阿佐ヶ谷です、反対じゃないですか……わがまま禁止だ、新宿まで誰か頼む」
そう言う桂山は、泣き上戸の新入社員に抱きつかれていた。彼は大井町が自宅らしく、大森に住む桂山が送るようだ。
嫌な訳ではないので、晃嗣は自分が朔を阿佐ヶ谷まで送ると申し出た。大っぴらにはできないが、朔のマンションには一度行っている。
「いいですよ、まだ時間早いですから」
「本当にすみません、じゃあよろしくお願いします」
桂山と話が纏まると、平岡と花谷が朔を揺すり起こした。さっくんよかったねぇ、柴田さんお持ち帰りしていいらしいよぉ、などと下世話な声かけをしている。お持ち帰りされるつもりはないぞと、晃嗣は胸の中で突っ込んだ。
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