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エピローグ 出来心でなく、必然。①

 冬休みの初日。  晃嗣は東京駅の新幹線乗り換え口で朔を待っていた。緊張であまり良く眠れず、早く到着してしまった。昼前にあちらに着くので、弁当を買う必要も無く、晃嗣は着替えの入った鞄を足許に置き、これから東北方面に向かう人々が行き交うのをぼんやり眺めていた。  するとその中に、コートの裾を翻しながら歩く背の高い男性の姿が見え隠れした。晃嗣は待ち人が来たとすぐに理解する。彼もボストンバッグを右手に持っている。 「晃嗣さん、おはよう」  2メートル先から朔は挨拶してきた。マスクの上の目が笑いの形になっている。晃嗣は肩の辺りで小さく手を振った。 「おはよう」 「早くない? 待った?」 「ああ、早く目が覚めてしまって……」  晃嗣の返事に、目の前に来た朔は、うふふ、と笑う。 「やだなぁ、言い出したのこうちゃんじゃん」  晃嗣は、あの夜自分の発した言葉が大層大げさだったことを反省していた。朔は晃嗣が言った通りに、晃嗣を実家に連れて行き、交際相手だと家族に紹介すると言い出したのである。まるで結婚の承諾を得に行くようなので、晃嗣は最初断ったが、朔は折れてくれなかった。  朔の父親はクリスマスの前に緩和病棟に移って、看取りの日を待つばかりの状態になった。もう自宅で正月を迎えるのは難しいだろうと医師から言われて、朔は早目に帰省することにした。晃嗣はそれについて行くことになる。とりあえず郡山の駅近くのホテルを押さえているが、父親の容態が悪くなるようなことがあれば、朔を支えるつもりでいた。  晃嗣は自分の実家に、年が明けてから顔を出すことにしている。最近交際を始めた人を連れて行くかもしれないと、兄夫婦と両親に伝えてある。郡山への帰省中、父親にもしものことがあれば、朔を無理に同行させないつもりだった。 「まあ言ってる間に新幹線来るから、売店でお菓子と飲み物でも選ぼうよ」  朔は少しばかりはしゃいでいるようである。新幹線の切符とICカードをかざし、2人で改札口をくぐった。 「もしかして晃嗣さんは東北新幹線は初めて?」  朔に訊かれて、いいや、と応じた。 「仙台に親戚と学生時代の友人がいるから、感染症が拡がる前は年に2回くらい乗ってたよ」 「そうなんだ、でもちょい久しぶりかな」 「うん、新幹線自体が久しぶり」  遠足に行くようなノリの会話を交わすうち、晃嗣の変な緊張も解れてくる。朔と旅行するようなものじゃないか。彼の家族に会うのはちょっと気が重いけれど、福島は初めてだし、彼の故郷を見るのは楽しみだ。  トイレに行き、キオスクでペットボトルの紅茶とチョコレート菓子を買う。待合室はいっぱいなので、エスカレーターでホームに上がった。空気は冷たいが、今日は風が無いので寒さがましだった。 「よく席取れたなぁ、ありがとう」  朔は切符片手に、乗車口を確認しながら言う。晃嗣もぎゅうぎゅう詰めの自由席で1時間立つ覚悟をしていたのだが、昨夜帰り際に東京駅で確認してみると、まだ幾つか指定席が残っていた。 「しかも隣同士で取れたからな、もう今年の運は使い果たした」  晃嗣の言葉に、朔は笑う。 「いいだろ、今年はもうあと3日しか無いし」  乗車口の列に並ぶのは、帰省する家族連れや旅行に行く女性グループが多い。朔はマスクをしていても顔面偏差値が高いのがわかるので、若い女性たちがちらちらと彼の顔を見ていた。イケメンを連れて歩くのは、楽しさ半分、いたたまれなさ半分である。  人からは、2人がどういう関係に見えるのだろう? 晃嗣は朔の横顔をちらっと見上げた。その時ふと、心の中に声が響くのを聞いた気がした。  俺は朔さんの容姿が好みだけど、きっと朔さんが少しくらい太ったり、顔に皺を作ったりしても、ずっと好きなままだと思う。俺はにこにこしながら丁寧に話す「さく」が好きだし、たまに口を尖らせて生意気な口をきく「朔」も好きだ。本人はその2つのキャラクターを別物だとは思ってないようだから、俺が両方とも好きでも、たぶん変なことじゃない。  簡単なことだった。晃嗣は朔が丸っぽ好きなのだ。もしかすると、晃嗣にとっては、恋人ごっこの相手でも本物の恋人でも、接するにはさして変わらないのかもしれない。とにかく、朔その人が欲しかったということらしい。 「晃嗣さん? どうしたの?」  朔に声をかけられ、我に返った。自分を見るきれいな形の目に、やや心配そうな色が浮かんでいる。 「緊張して気分悪くなってきた?」 「あ、いや、違う……朔さんが好きだなぁと思ってた」  晃嗣は口にしてから、何言ってんだと自分に突っ込んだが、朔はじわりと目尻を赤く染めた。あ、可愛いな、と思う。 「……こないだから思ってるんだけど、本気出したこうちゃんって破壊力高くない?」  朔の言う意味が良くわからなかった。その時、やまびこ133号到着いたします、というアナウンスと共に、ホームに白い車体が滑り込んできた。窓の周辺に、緑色のラインが入っている。 「青緑の新幹線じゃないんだ」  晃嗣が思わず言うと、後ろに並んでいた幼稚園児くらいの男の子が、同じことを不満げに父親に訴えている。朔はその子と晃嗣を見比べ、くすっと笑った。 「あれが良かった?」 「いや、俺は別にどれでもいいんだけど……」  ホームドアと新幹線の扉が開く。列が動き始めて、人々が荷物と一緒に中に吸い込まれていった。晃嗣も車内に足を踏み入れる。ふわりと暖かい。

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