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「…………」
手にした本の頁は、先程から一枚も捲られていない。
目で文章を追うよう努めてはいるものの、内容が全く以て処理仕切れないのだ。
いつもの様に利用者の無い図書室で、
のんびりと読書に勤しんでいるのに…落ち着かない。
「…………」
木製の古びた机の向こう側。
真正面で僕を見つめては、極上の笑顔で頬杖をつく…
大型犬が一匹。
時計の秒針、グラウンドで飛び交う生徒達の喧噪、
そして仮面の裏で密かに跳ね上がる心臓…。
普段なら、閑散としているからこそお気に入りなこの場所が…今日に限って僕に仇を為していた。
全ての音が聴覚を掻き乱し、僕の平常心を奪っていくものだから。耐え切れず、目の前の大きな少年を睨み付けてやる。
するとコイツはピクリと肩を揺らし、目を丸くするのだが…。すぐに眩しげな笑顔で返されてしまい。
僕の抵抗は虚しくも、空回りするのであった。
キマズイ────…
此処まで心乱されるのは初めてで。
自分に好意を寄せてくる者を、どう扱えば良いのかが解らないから…。
「…何がしたいんだ?」
不覚にも自分から声を掛けてしまった。
何故かそれに気を良くしたコイツは、にんまりと笑って、
「やった~!オレの勝ちッスね!!」
エヘッとはにかんで、そんな事を言い出したもんだから。思わず「は?」と間の抜けた声を漏らしてしまった。
「どっちが先に折れるか~、我慢勝負だったんッスよ~先輩!」
「ッ…!…とっとと帰れ。」
「えぇ~っ!?」
…ダメだ、完全に主導権を握られている。
「……………」
見ているだけだから、読書を続けて良いよと言われ…
仕方なく本に意識を戻す。
それは此処にきて早々、コイツ…────芝崎に待ち伏せされていたため。焦って棚から適当に選んで持ってきた本だったし…。
加えてこんな至近距離で穴が開きそうなほど、
じっとずっと見つめられているのだから…。
どう足掻いても、読書なんぞ出来る状態じゃなかった。
そんな空気を察してか、本越しの芝崎は困ったように苦笑いを浮かべていたが…。
正直、困っているのは僕の方だと言いたい。
「…ねぇ、先輩?」
「…………」
僕は返事などしてやらない。
奴は気にせず、机にだらしなく上半身を預けたままで。
此方を見やりながら、次にはこう切り出してきた。
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