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「じゃあね、先輩。」
寂しそうに笑いながら手を振る芝崎を、
一瞥だけで返し、背を向ける。
そのまま鞄を漁り、鍵を取り出していると…
「そのうち先輩の部屋、お邪魔させて下さいね~。」
約束ッスよ!と芝崎は勝手な要求を投げつけてきた。
勿論そこは無視して鍵を開け、中へと入る。
戸が閉まる瞬間、垣間見たアイツの表情は。
まるで恋人との今生の別れをする、物語の主人公のように切なげな色を帯びていたから…
何故か焦りを感じた僕は、早々にドアを閉め。
急いで鍵も掛けた。
それは未熟な自分に蓋をして。
何か得体の知れぬ感情のソレから、逃れたいがための…本能的な行為だったのだろうが。
あれから芝崎の長く甘い包容に、限界を覚えて。
やむを得ず頭に一発喰らわし、難を逃れたものの…。
最終的には『一緒に帰りたい』などとと、捨て犬みたいに懇願されてしまったので…。
あっさり根負けしてしまった僕は、
なんだかんだと芝崎に家まで送って貰うことになった。
学校からゆっくり徒歩で20分程度、比較的近場にある僕の家。
理由は簡単、高校を選んだ理由がそれだったからだ。
道すがら聞かされた話題は、『芝崎』について。
“知って欲しい”と言う言葉通りに。
コイツは早速、かなりの饒舌ぶりで熱弁をし始めて。
芝崎健太郎…学年はひとつ下の2年。
コレだけ目立ちそうな容姿の生徒なのに。
学校生活の中で、僕の記憶に一切登場してこなかったのは…僕のこの性格あっての事だろう。
他にも学区は違うが、それ程互いの家が離れていない事。専ら体育会系で勉強は苦手。実は猫派、家で二匹飼ってるだとか…
およそどうでもいいような情報まで、長々語るものだから。半分位は適当に流しておいた。
挙げ句僕を好きになった経緯までも、話し出そうとするものだから。
全力で拒否すれば、なんとも切なげな眼で誘惑されたけど…。僕は頑として譲らなかった。
─────そして、今に至るという。
暫くドアに凭れたまま宙を見つめ、放心状態だったが…。頭を振って正気に戻ると、急いで2階の自室へと向かう。
静まり返った家の中。
今日は母さんがいないのが救いだった。
あんなふわふわしあ母親だが…勘は滅茶苦茶鋭い。
昔から僕は学校で浮いた存在だったために、クラスメートから絡まれる事が多かったのだが…
そんな時は隠していても、必ずバレてしまっていたものだ。
もし息子が男に告白されただなんて知られでもしたら…それを想像するだけで、なんだか疲れてしまいそうだ。
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