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「……はよう…。」 「…よぉ…。」 一方的な別れを告げられてから、何日過ぎただろう。 梅雨の気怠さに加え、 僕の心は何処かに置き去りにしたままみたいで…。 ぽっかり穴が空いてしまったように、虚しかった。 挨拶を交わせば、 返ってくるのは無愛想かつ簡素なもので。 朝があまりにも似合わない彼には、 つい苦笑が漏れてしまった。 あの無邪気な笑顔はもう、何処にも無い。 今まで過ごした日々は勿論、本当にアイツが同じ学校に通っているのかさえ疑うぐらいに。 アイツの存在は見事に僕の前から、 掻き消されてしまった。 そして入れ替わるようにして隣を歩くのは、 上原であり…。 毎日、朝、昼、放課後… 当たり前のよう、共に過ごすようになっていた。 今までの態度を一変させ、どうして傍にいて…優しくしてくれるようになったのか。 気になって仕方がなかったから。 言葉を濁そうとする上原に、しつこく問いただしてみたら… …衝撃の事実が判明した。 意地悪な態度は、まさにだそうで… 今思えば、慰めてくれた時のキスも…頷ける。 全てを話した後の上原は、 耳まで真っ赤になっていたから…。 見てるこっちにまで熱が移るぐらいだった。 上原は何も言わずに傍にいてくれる。 たまに壊れ物を扱うみたいに、僕に触れたりするけど…。不器用なりにも、いつだって優しく僕を包み込んでくれた。 そんな彼を、僕は裏切っている。 今も…何かあるごとに、 と上原を、重ねてしまうから…。 自分でも、どうしてそこまで芝崎に執着するのかが解らず。 考えれば考えるほど、 気持ちを制御出来なくなってしまい…。 時折、物思いに耽る僕を認めては… 切なげに頭を撫でてくる上原に、 僕は更に罪を、重ねるんだ。 「ホント好きだな…お前。」 図書室の死角、特等席のあの場所で。 前の席に足を組んで腰掛け、 興味なさげにパラパラと本を捲るのは上原。 彼も僕が図書室を良く利用していた事は、認知していたようで。 ただ自分は嫌われてただろうからと、近付く勇気もなかったらしく…。いつも遠巻きに眺めていたんだそうな。 …というか、一度カミングアウトすると、 上原は意外とノロケるタイプみたいだ…。 図書室なんて、本当なら退屈だろうに。 上原も、文句ひとつ言わず…いつまでも待っていてくれるし、 傍にいたいんだと、言ってくれる…。 そうやって、大事に扱われる度に… 僕の罪は更に重く、 この身にのし掛かっていくような気がした。 「もういいのか…?別に遠慮しなくてもいいんだぞ?」 そうは言っても、この状況が申し訳ないのと… 本音、耐え難いものもあって。いつもより早めに席を立つ。 何か言いたそうな上原も、開き掛けた口を噤んで。 黙って従ってくれた。 上履きを履き替え、正面玄関を抜ける。 ふたり並んで歩くのも珍しくない光景になり。 一般生徒の中に混じっても、違和感無く馴染んできていた。 最初はクラスメイト達も驚いていて…。 とうとう僕が上原のパシリにされたのだと、憐れむような視線を浴びせられたものだけど…。 上原の豹変振りを目の当たりにし、 今では触らぬ神になんとやら…といった様子で。 敢えて関わろともしなくなった。 「今日は買い物しないのか?」 「ああ…。」 上原はと違って、饒舌なタイプじゃないから。 端からみても、会話らしい会話にはならないだろうけど…。 素っ気ない態度の中に、 彼の溢れる優しさを感じたから…。 僕には充分過ぎる、と思う。 ひとこと、ふたこと。 淡々と取り留めの無い会話をしながら、校門を潜る。 すると… 「ッ……!」 「せっ、先輩…」 今一番遭いたくなくて、 本音は誰よりも傍にいて欲しかった人。 「しば、ざき…」 なのに神様は、意地悪だ。 「芝崎君?」 ドクリと血が騒ぎ出す。 芝崎の影に隠れていた女の子が、 不思議そうに、僕と芝崎を見比べていた。 「町田、さん…」 ああ、やっぱりそうなのだな…。 「水島っ…!」 「先輩…!」 背を向け走り出す、僕の耳にはもう… 上原の制止の声も、 芝崎の掠れたそれも、 何もかもが受け入れられなくて。 微かに残っていた希望は、 今しがた目が合った瞬間、 僕から顔を背けた芝崎の、 気まずそうな表情に、全て打ち砕かれてしまい… 本当に終わったのだと。漸く、思い知らされた。

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