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…何だろう? 芝崎がこんな所にいる筈ないのに、 そこまで僕は、おかしくなってしまったのだろうか…? 町田さん…は? お前は一体、何しに来たんだ? どうして、お前が上原を…殴った…んだ? どうして────… 不意打ちをまともに食らわされ、勢い良く吹き飛んだ上原を…芝崎は見たこともないくらい、怖い顔をして睨み付けている。 対する上原も上体だけを起こして。 同じよう、鋭い眼光で以て芝崎を睨み返した。 「…何しに来たんだよ、てめぇ…」 ゆっくりと立ち上がり、唾を吐く上原。 殴られた頬は痛々しく赤らんでいて…。 口端から僅かにも、血を滲ませていた。 それを手の甲で乱雑に拭い取る。 「アンタこそ何してんスか?こんなとこに先輩連れ込んで…」 普段の柔らかい雰囲気は、微塵も与えず。 低く抑揚のない声で、冷たく言い返す芝崎は。 なんだか、知らない奴みたいだ…。 「は…?お前はもう関係ねんだろ!!…水島の事を散々振り回しておいて、よく出て来れたもんだな?」 「ッ…!」 黙りこくる芝崎。 目の前の握り拳は、わなわなと震え…上原を殴ったそれは痛々しくも赤らんでいる。 悔しげに俯いた芝崎は、奥歯を噛み締めたまま何も言い返せず…ただじっと耐えていた。 上原が芝崎に歩み寄り、 おもむろに胸倉を掴むものの。 それにすら一切抵抗を見せることなく、芝崎は黙って上原を見据える。 「自分から捨ててこのザマか?んなハンパなことやってっから、昔の女なんざ未だに引き摺ってんだろがよッ!!」 お返しとばかりに上原の拳が空を薙ぎ、 芝崎の頬を思い切り打つ。 するとそれが、引き金となって… 両者は火花を散らし、自らの拳を繰り出した。 ひどく静かな公園。 …実際には様々な生活音が、行き交っていたのだろうけれど。 肉と骨が弾ける音と、 芝崎と上原の荒い息遣いだけが頭を支配して。 耳を塞げない、目を逸らせない。 何だか目の前の光景が、 ただの喧嘩には、見えないんだ。 ふたりとも、辛そうで今にも泣き出しそうな顔で… やり場の無い感情を、理不尽な方法でぶつけ合っているかのような、 なんとも切ないもの…だったから。 不良で喧嘩慣れしているであろう上原も、 上背も体格も秀でている芝崎に、一瞬苦戦していたようだが…… 「ぐぁッ…!!」 やはりそこは、場数も経験値も遥かに勝る上原に軍配が上がり… 何発目かも解らない渾身の一撃を食らった芝崎は、 地に伏せられ、 最後にはもう、全く立てなくなってしまった。 「ハッ…しぶてぇん、だよっ…!」 そう吐き捨てた上原もまた、 肩で息をしてフラフラな状態だった。 このふたりにはきっと、接点なんて無かっただろう。 だから…喧嘩する理由だって、 本当は無いはずなんだ。 きっと、僕の所為で傷付いてる。 そう、だから… 「芝崎君!!」 その罪は、重い─────… 「しっかりして、芝崎君…!!」 僕もあんな風にアイツのために涙を流して、 素直な感情をぶつけられたなら。 こんな無愛想で根暗な男なんかじゃなくて、 彼女のように、 華奢で愛らしい女の子だったら… 何かが、違ってたのだろうか? 「水島…!?」 もう、いいんだ。 「オイッ水島…ッ…水島────!!」 誰かを傷付け、罪に苛まれ。 何よりも自分が苦しかったから。 全てを切り捨てるよう、 この重責から逃れるようにして、 自ら闇の奥深くへと…沈んで行く。 崩れ落ちた僕の身体を受け止め、 名を呼んでくれるのは上原で。 アイツが僕の名を呼ぶ事なんて、 もう二度と無いのかもな…とか、 最後まで浅はかな事を、 薄れゆく意識の中で、愚かにも考えていた。

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