45 / 67
44
夢…──────じゃない。
僕の背にある懐かしい温もり。
耳を掠めるのは、心地良い低音。
それから、
ふわりと香る太陽の匂い…
例え姿が見えなくても解ってしまうから、
僕はかなり溺れてる。
「しば、ざき…」
「うん…。」
鼻につく薬品の匂い。
回された腕を見れば、湿布や包帯が痛々しく巻かれていて…。
あの時の光景が甦り、堪らず胸が締め付けられた。
「怪我、は…?」
「もう、平気。」
ドクン、ドクン…
シャツ越しに伝わる、二人分の心音。
まるで初めてキスをした時のようで────…
いや、それ以上に今は。
どちらも忙しなく脈を打ち、熱い…。
言いたい事が山ほどあるのに。
いつもの悪い癖が出て、肝心な事が声にならない。
季節はもうすぐ夏になろうとしてるのに、
身体が震えて止まらないし…
散々流した筈の涙も、
さっきからずっと止まらないままだった。
「さっき…町田さん、来た…。」
「…知ってる、電話掛かってきたから…。話、した?」
「ん……」
「…そか…オレもね、今まで上原サンと話してたんだよ。」
「え……?」
思わず振り返れば、
すぐ目の前に芝崎の顔があって。
目が合っても、
今度は前のように逸らされることはなく…
傷だらけの笑顔を、目一杯向けてくれた。
野暮用だとか言っていた上原は、
実は芝崎と会っていたらしい。
「上原サンに…先輩の事が好きなのかって、聞かれたんだ。」
芝崎は迷うことなく、好きだと答えたという。
「ならもう一度、告白し直せって言われたから…」
今度はすぐにイエスだとは、応えられなかった。
自ら理不尽に白紙にしてしまったものを、
蒸し返すだなんて……
だからと言って気持ちは変わらないから、
はっきり嫌だとも言い切れないし…。
「そしたら上原サン、オレに頭下げて言うんだ…。」
『水島はお前が好きなんだ…。俺じゃ、ダメなんだよ…。』
傍にいるだけなら誰にでも出来る。
けど、互いに心交わる事など無くて。
『お前の為にアイツは泣いてる。このままだとずっと…そういう奴だから、すぐ壊れちまいそうで───…』
そんなの耐えられねぇんだよ…
『頼むから、アイツを…』
助けてやってくれないか────…
上原も町田さんも、
僕と芝崎を同じくらい大切に想ってくれているから。
手が届くのに、報われない。
自分では支えになれない。
そんな状況が歯痒くて…仕方なかったに違いない。
「…怖かったんだ、野球の事も先輩の事も。自信無くして、ひとりでバカみたく思い詰めて…。」
「町田の時みたいに、いつか先輩までオレの前からいなくなっちまうんじゃないかって…。」
「…今更だって解ってる。町田を言い訳にして、結局先輩を傷つけちゃったし。これじゃあ町田にだって失礼だよね…。」
神様、一度でいいから。
今だけ声を下さい。
素直なままの、奥底に仕舞い込んだ想いを、
今こそ、ちゃんと伝えたいから…
ともだちにシェアしよう!