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誰もいない教室から、ふたりの背を見送る。 帰宅部なのに帰らないで僕は…図書室で綾ちゃんといるであろうキミを待っている、だなんて。 それは意味のない戒め。 硝子越しのキミは笑ってた。 キミも綾ちゃんも不器用で、およそ感情を表情には出さないタイプだったけど。 ストーカーまがいの僕には、手に取るように解るんだ。 キミは笑う。綾ちゃんも笑ってる。 その裏に互いの罪を隠して。 だんだん打ち解けてはいたけれど… 互いに心を許す事が、却ってふたりをギクシャクさせちゃうんだろうな…。 いきなりキミに告白して、それっきり。 ホント僕って最低だ。 苦しんでるキミに、自分も苦しいんだって。 当てつけみたいに気持ちをぶちまけてしまった。 (そんな顔しないでよ、上原君…) キミが抱える苦しみの中に、 僅かにでも、僕はいるのかな? …なんて、自分本位な解釈だろう。 キミが乱暴には突き放せないって、知っていたよ。 だって僕らは同じ穴の(むじな)だったから。 僕を否定したら…キミは自分を否定してしまう事になるもの。 ズルイよね? 自分は絶対に叶わないと解ってるからって、 バカみたいに暴走して… ほんと最低だ。 「あっ…」 正門を潜ったふたりが立ち止まる。 塀の影、長身でギリギリ見えた頭の主は───── (芝崎君だ…) 綾ちゃんと何かあったのは解ってた。 でも僕は、その原因までは知らない。 さすがに今の綾ちゃんに訊くのは、忍びなくて…。 けどなんとなく解るのは、ふたりが喧嘩か何かしちゃって…前みたいに会わなくなってしまって。 その代わりに、上原君が綾ちゃんの隣りにいるって事…。 きっと上原君も、綾ちゃんに気持ちを打ち明けたんだろうな。見てれば解っちゃうし…。 ただ、その想いが叶っていない事に。 僕は心底、安心してしまうんだ。 「綾ちゃん…」 芝崎君の後ろに、もうひとり誰かいたみたいで。 綾ちゃんが泣きそうな顔をして走り出す。 僕は思わず窓を開け、身を乗り出せば、 『来るな!!』 綾ちゃんを追い掛けようとした芝崎君に、上原君が叫んで制止させ… 彼ひとりが綾ちゃんの後を追って、駆け出していた。 『……………』 走り去って行くふたりを見つめる芝崎君は、 ここからでも判るくらい、苦しそうに項垂れてて。 そんな彼に近付く小さな影に、はたと目が留まる。 (あのコは…) その子は他校の女子生徒で。 どうやら芝崎君の、知り合いみたいだったけど…。 「……っ!!」 突然パァンと音が響いたかと思うと… その女子生徒は芝崎君に向け、思い切り平手打ちを放っていて。 何事だろうと、さすがに心配になった僕は。 ひとりオロオロしてたんだけど…。 それは杞憂だったみたい。 女の子に何か言われた後の芝崎君は、 次にはとても晴れ晴れとした表情に変わっていて。 彼女に何か告げた後、 勢いよく綾ちゃん達が消えた方へと走り出した。 遅れて女の子も後に続く。 「…………」 なんとなくでしか、状況が掴めないけど…。 何故か胸のドキドキが治まらなくて。 僕は鞄を手にすると、 後先考えず教室を飛び出していた。

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