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第16話 ねがい

 食事がすむと、勇介は涼一にお風呂に入るように言った。  涼一は狭いお風呂だとぶつぶつ文句を言いながらも従う。  勇介は風呂のドアを見つめながら考える。  バスルームからは剃刀などリスカに使えそうなものは全て排除してある。部屋にあったカッターナイフも捨てた。  ……あとこの部屋にある刃物と言えば包丁くらいだが、まさか包丁でリスカはしないだろう。  それと冷蔵庫に入っていたアルコール類も隠した。  そうこうしているうちに涼一が風呂から出てきた。勇介が用意した真新しパジャマを着ているのだが、その姿を見て思わず微笑みが零れる。 「……何だよ、このパジャマ、俺は子供じゃないぞ」  でもどうやら涼一は気に入らないようだ。 「よく似合ってるよ。猫柄のパジャマ。君、気まぐれな猫って感じだから」  そんなふうに言ってやると涼一は頬をぷうっと膨らませて拗ねた。  涼一に続いて勇介も風呂に入る。  髪を拭いながら出て来ると、涼一はスポーツドリンクを片手にソファに座ってぼんやりとテレビを見ていた。  その隣に座ると、何か言いたげに勇介の方を見て来る。 「何?」 「……何でもない」 「君は僕の妻だからね。うちの事情も話しておかなきゃいけないね」 「…………」 「僕は一人息子だから会社を継がなきゃいけないんだけど、看護師の仕事をしたかった。それで両親に頼んだ。父さんが元気なうちは訪問看護師の仕事をさせて欲しいって。勿論、今でも在宅でできる会社の仕事はしてるけどね」  そう言うと勇介は机の上に置いてあるパソコンに視線を投じた。 「でもそろそろ父さんも僕に会社の仕事一本に絞って欲しいって思ってる」 「看護師さん、やめちゃうの?」 「そうだね、近いうちには。それが約束だからね。……今抱えている患者さんを投げ出す形になるのだけは嫌なんだけど……僕にできることなんてしょせん限られてるし」  勇介は自嘲気味に口にする。 「先生……」  突然涼一が勇介の腕にぎゅうとしがみついて来た。 「涼一くん……?」 「そんなこと言うなよ」  そのまま勇介の肩口に顔を埋めて来る涼一が可愛くて、なんだか愛おしく思えて。  勇介はそっと涼一の頭を撫でた。 「先生が看護師やめちゃったら、俺またリスカもODもするよ?」  泣きそうな顔で脅して来る涼一に今度は困惑する。 「だめ。僕がそんなこと許さないよ」 「だって……」 「分かった。ギリギリまで訪問看護師の仕事は続けるよ。父さんには悪いけどね。『妻』のお願いだもの、一番に叶えてあげなきゃね」  涼一の心の闇を少しでも癒して、独り立ちできるくらいになるまでは自分が面倒を見るつもりだった。 「ほんとに?」 「ほんと」  疑り深そうな顔で聞いて来る涼一に、微笑んで答える。  それは優しい坊門看護師として見についた笑みか、政略結婚であったとしても、好ましく思っている涼一に向けての『夫』としての笑みか、勇介自身にも分からなかったけれども。  ふっと静寂が訪れる。  それを破ったのは勇介の方。 「新婚、初夜だね」 「えっ!?」  大きな目をより大きくして、そして真っ赤になる涼一。  可愛いね。まあ半分の歳の少年に手を出すつもりなないけれど。  ちゅ。  柔らかなほっぺにキスをした。  これくらいは許されるだろう。  

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