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第30話 本当の先生

SIDE.RYOUICHI  口の中でとろけるチョコレートの甘さを感じながらも、涼一の心は先ほどの行為に飛んでいた。  目の前の席で薄い笑みを浮かべながらケーキを食べる口元に、どうしても視線が行ってしまう。  形のいい綺麗な唇……あれが俺の体をまさぐり挙句俺のあんなところをそこに含んで……。  思い出しただけで顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったし、それと同時に体の奥底がジンと疼く。勇介の指で突かれた前立腺とかいう部分がまたその快楽が欲しいとでもいうように疼くのだ。  涼一は自慰はほとんどしたことがない。自慰よりもリスカやODの方に快楽を感じていた。  なのに……。  あんなのルール違反だよ、先生。 「ん? 何?」  涼一の視線に気づいたのか勇介が優しく笑いながら問いかけて来る。 「なんでもない。……先生、そっちのケーキ食べないなら俺にちょうだい」 「え? ああ……はい、どうぞ」  低めの甘い声。紳士的な仕草。優しいまなざし。  例の行為のときの大人の男の怖さを感じさせたのとは大違いだ。 「……なんかずるい」 「? 何が?」 「俺ばっかり先生に振り回されてる気がするもん」  涼一がそう言うと勇介は呆れたように苦笑した。 「それは俺のセリフだよ。ドアを開けたら、おまえが倒れてるのが見えて、心臓止まるかと思ったんだからな。おまけに手首をあんなになるまで噛んで、本当困った奴」  手を伸ばしてきて髪をなでなでしてくれる。 「だからあれは寝てただけだって。先生が勝手に誤解したんだろ? それに噛んだのだってリスカ我慢するためだって。 ……っていうか先生しゃべり方変わりすぎ」 『僕』から『俺』に。『君』から『おまえ』に。優しい声音や態度は変わらないけど、その変化に少しドキドキする。 「ん? もう涼一くんの前では普通に話すから。いつものは余所行きの話し方だからね。涼一くんとはもう他人じゃないし、ね」  最後の方の言葉を意味深に言われ、どぎまぎする。 「た、他人じゃないって、なんだよ?」 「だって、したじゃないか。セックスの一歩手前まで」 「セセセセックスって。そ、そんな生々しい言葉、って、え? は? ま? 一歩手前って……あれで終わりじゃないの?」  涼一の言葉に勇介は大袈裟に溜息をついた。 「おまえ、ほんとウブだね。あれで終わりのわけないだろ」 「…………」  二の句が継げないでいる涼一の前に勇介はずいと体を乗り出して来て。 「最後まで知りたい? もっともっと気持ちよくなれるよ……」  そう言うと唇の端についていた生クリームを舌で舐めとった。 「え?」 『知りたくない』  そういうつもりが一呼吸遅れた。  だって、さっきの行為は正直本当に気持ちよかったから。  あれの先の未知の快楽、涼一もそれを知りたかった……少し怖くはあったけれども。  そして涼一よりずっと大人の勇介はそんな涼一の本音を当然のように感じ取って……。  ダイニングの椅子からさらうようにして抱き上げると、ベッドへと連れて行った。

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