36 / 65

第36話 縮まる距離

 夕食を終え、二人で後片付けをし、一人ずつ風呂に入り、テレビを見ながら他愛のない会話をしているうちに深夜と言っていい時間になった。 「……そろそろ寝るか」  勇介が言うと、涼一は目に見えて緊張した。昨夜のセックスの記憶がまだ生生しく残っているのだろう。  勇介は涼一に優しく笑いかけると。 「涼一くんはベッドでお休み。俺は、今夜はソファで寝るから」  すると、涼一は、え? という表情になった。 「先生、一緒に寝ないの?」  深い意味があって言ってるのではないんだろうけど、勇介はドキッとする。 「……なんだか誘ってるように聞こえるよ? 涼一くん」  わざと冗談っぽく勇介が返すと、涼一は真っ赤になって俯きながら、ポツンと言った。 「だって、昨日は夢を見なかったから……」 「夢?」 「うん。真っ暗闇でね、俺そこで一人ぼっちでいて。すごく寂しくて悲しい夢。ほとんど毎日のように見てたのに、昨日は見なかったんだ……」  涼一の言葉にいつか彼が『寂しい』と寝言を漏らし、泣いてたことを勇介は思い出した。  父親にも母親にも見向きもされない、ただ政略結婚の道具として使われた涼一の孤独を感じた。 「……俺と一緒に寝ると、また昨夜のようなことするかもしれないよ? それでもいいの?」  勇介の言葉に、涼一は真っ赤になったまま小さくうなずいた。 「分かった……じゃ目を閉じて」  涼一が素直に目を閉じる。  勇介は涼一の唇に触れるだけのキスをするとそのまま華奢な体を抱き上げた。 「先生、俺、自分で歩けるから」 「いいから、いいから。新婚夫婦って言えばお姫様抱っこでしょ」  ベッドに涼一を降ろし横たえると、勇介はその隣に横になった。  手を伸ばして涼一の肩に触れると、ビクッと体が大きく震えた。 「大丈夫。今夜はしないよ。涼一くんがやな夢を見ないように寄り添うだけ」  勇介は言うと、涼一を抱き寄せ、優しく抱きしめる。  涼一の鼓動が速い。  勇介は安心させるように涼一の背中をゆっくりと撫でてやる。 「……先生……」 「あのさ、涼一くん、いい加減その『先生』っていうのやめてくれないかな。 勇介、ほらそう呼んで」 「でも、先生はまだ俺の先生でもあるんだろ?」 「でも、今はそれ以前に俺たちは夫婦だから。ほら勇介って呼んでくれなきゃ、また狼に豹変するかもよ?」 「……………………勇介、さん」 「よろしい。涼一くん、おやすみ。今夜は絶対に悲しい夢は見ないから。 俺がずっと傍にいるから。君は一人ぼっちじゃないから」  幼子をあやすように背中を撫でながら繰り返すと、涼一の目が段々閉じて行って、安らかな寝息を立て始めた。

ともだちにシェアしよう!