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第47話 逃避行
SIED.RYOUICHI
「勇介さん、俺本当にここに……勇介さんの傍にいていいの?」
行為のあと二人くっついて横になってる時、涼一がポツンと聞いた。
「当たり前だろ。涼一がいたいだけいればいいんだ」
「じゃ、一生……いつまでもいていい?」
「……涼一が望むなら」
勇介はそう答えてくれ、額にちゅっとキスをしてくれる。
勇介さんは俺の望む言葉を言ってくれた、
なのに、その瞳が少し寂しそうなのはなぜなんだろう?
涼一には、自分と勇介の間にどうしても越えられない高い壁のようなものがあるみたいに感じられる。……それが不安だった。
「どうした? 涼一?」
優しい瞳、優しい声、そこに嘘は欠片も感じられないのに。
「……なんでもない」
涼一は勇介の胸に頬ずりをして甘えた。
勇介はそんな涼一の髪を優しく撫でてくれ、耳元で甘く囁いてくれる。
「おやすみ、涼一」
「おやすみなさい」
胸の奥に残る小さな不安の欠片を必死に無視して、涼一は勇介の腕の中目を閉じた。
翌朝、涼一を起こしたのはけたたましいインターホンの音だった。
隣を見ると勇介もまた寝ぼけまなこで半身を起こしている。
「一体誰だ? こんな朝早くから」
ベッドサイドの時計を見ればまだ朝の六時過ぎ。人を訪ねるには早すぎる時間だろう。
勇介は小さく文句を言いながら、玄関の方へと歩いて行く。ここのインターホンはまだカメラ機能も受話器の機能もついていないので、直接玄関に向かうしかないのだ。
それでも、勇介はチェーンをかけ、迷惑な訪れ人に対応する。
チェーンとドアの細い隙間から顔を覗かせたのは、昨日勇介の父親が連れて来た女性、祐実だった。
「おはようございます。朝食を作りに来ました。開けてください」
涼一の位置からも祐実の姿はよく見えた。近所のコンビニで買って来たのだろうか両手に袋を抱えている。
嫌なものが涼一の体を駆け抜ける。
「……なにしに来たんですか? もう来ないで欲しいと昨日意思表示したはずですが。父さんに言われたんですか?」
冷ややかな勇介の声にも、祐実は動じることなく、にこにことしながら言葉を重ねた。
「いいえ。社長に言われたわけではありません。あたしが来たかったからです。男二人じゃ料理とかお困りじゃないかと思って」
「大きなお世話です。頼むからもうここには来ないでください。俺はあなたと結婚する気はありませんから」
「…………分かりました。今日は帰ります。これ少しですが作って来たので置いて行きますね。よろしければ食べてください。それからあたし、あきらめ悪い方なんで、また来ます」
勇介のぞんざいな対応にもまったく動じず、祐実は平然と言ってのける。
そして、がさがさと何かをドアノブにかける音がした後、
「失礼しました」
祐実の声がし、彼女が履いているのだろうハイヒールの音が遠ざかって行った。
「勇介さん……」
涼一が勇介の背中に声をかけると、彼は振り返り、傍に戻って来てくれ、優しく頭を撫でてくれる。
「大丈夫。君は何も心配しなくていいから」
「本当に?」
「俺を信じてって言ってるだろ?」
そう言って優しい笑みを浮かべてくれた。
それから勇介が玄関の扉を開けると、もう既にどこにも祐実の姿はなく、ドアノブにコンビニの袋と紙袋がぶら下げてあったらしい。
コンビニの袋には食パンや菓子パン、スイーツなどが入っており、紙袋にはおそらく祐実の手作りなのだろう、だし巻き卵やジャガイモの煮っころがしなどのおかず類が入っていた。
勇介は全てをゴミ箱に捨てた。
それでも涼一の心にはモヤモヤが残った。目玉焼き一つ満足に作れない自分。かたや祐実は綺麗に料理を仕上げて来ていた……そのことがひどく涼一を落ち込ませた。
「俺は涼一の作った目玉焼きのがいい」
勇介はそう言って笑ってくれたけれども。
涼一が劣等感に悩まされていると、勇介が近くにやって来て、真剣な顔で聞いて来る。
「涼一、おまえ、両親や家を捨てる決心ってあるか?」
「え?」
「あの女の様子じゃ毎日ここに来るかもしれない。それにそのうち父さんもまた来るだろう。だから明日にでもここから出て新しいところへ引っ越そうと思ってる。涼一は俺について来るか? ……それとも家に帰るかい?」
「勇介さんの意地悪。俺の答えなんか決まってるだろ! 家になんか帰らない。勇介さんと一緒に行く!」
涼一の返事を聞いた瞬間、険しかった勇介の表情が一転笑顔に変わる。
涼一が大好きな勇介の笑顔に――――。
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