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第48話 VS勇介の父親
その後、勇介は流石に二日続けて訪問看護師の仕事に穴をあけられないと言って、出かけて行った。
「涼一は荷物の整理をしておいて。とりあえず必要最小限のものだけ持って行こう」
涼一は勇介にそう言われた通り、身の回りの物をまとめていた。
……これって、かけおちってやつ? もしかして。
そんなふうに思うと自然に顔が赤面して来て、
良かった……勇介さんとずっと一緒にいられる。
幸福感が込み上げる。
そのとき、またインターホンが鳴った。
涼一はビクッとする。
まさかあの女が戻って来た?
「…………はい」
居留守を使おうと思っていたが、相手は中に涼一がいることを知っているかのようにしつこくインターホンを鳴らして来たので、仕方なく玄関の扉越しに応答した。
「涼一くん、私だ。勇介の父親だよ」
「…………」
インターホンを鳴らしていたのは勇介の父親だった。
それでも面と向かって話す勇気はなくて、玄関の向こうに消え入りそうな声で応える。
「勇介さんなら、仕事へ行きましたけど……」
「訪問看護師の仕事か?」
「……はい」
「まったく、あいつは会社には来ない。祐実くんは追い返す、そのくせ訪問看護師の仕事だけは行く、とんでもない親不孝者だな」
勇介の父親はひとしきり文句を言ってから、今度は猫撫で声で涼一に言った。
「涼一くん、君は勇介みたいに愚かじゃないから、分かってくれるだろ。男は家庭を持ってこそ一人前だ。特に勇介はうちの社を継ぐ立派な跡取りなんだ。……男と結婚してるなんて知れたら、ひどいスキャンダルだってことくらい聡明な君なら分かるだろ」
そんなふうに言われ、さすがの涼一もむっとして。
「……俺は勇介さんを愛してます。別れる気はありません」
そうはっきりと言えたのだ……自分でも驚くほど堂々と。
扉の向こうで勇介の父親が黙り込む。十八歳の子供に言い返されるとは思っていなかったのか苛々しているのが伝わって来る。
しばしの沈黙のあと、勇介の父親は深々と溜息をついた。
「確かに君の会社と組むことで我が社も一段と利益を上げることができてるのは本当のことだ。……だから昨日も言った通り、頭ごなしに別れろとは言わない。君は一歩身を引いて愛人でいいじゃないか。どのみち日本では同性婚は認められてないんだから」
「…………」
もう涼一は何も答えなかった。何を話し合っても平行線になるだけだと思ったから。
それに……確かに世間一般の意見はこの父親と同じものだろう。いや、愛人としてでも涼一のことを認めているのだから、物分かりのいい人間と思われるかもしれない。
涼一はその場をそっと離れて耳を塞いだ。
それからしばらくは勇介の父親の声やインターホンの音が鳴り響いていたが、強く耳を塞いで無視を決め込んだ。
勇介さん……勇介さん……勇介さん……!
必死に心の中愛する人の名前を呼びながら。
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