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第56話 終わりの予感

 ガチャガチャ、ガチャン! 「涼一!? どうしたんだ?」  どれくらい玄関の前でうずくまって泣いていたのだろうか。いつの間にか日はとっぷりと暮れ、夜になっていた。  帰って来た勇介がチェーンに阻まれ、困惑した声を出している。 「勇介さん……!」  涼一は泣きながらチェーンを解いた。  すごい勢いでドアが開けられ、勇介が入って来た。 「涼一!」  震える体を抱きしめてくれる勇介の力強い腕に少しだけ心が癒される。 「何があった? 涼一」  勇介が優しく頭を撫でてくれながら聞いて来る。 「……った」 「え?」 「あの女の人と会った……スーパーで」 「……!」  勇介が息を呑む。 「……あの女、ここらに住んでいたのか……!」 「いろいろ言われた……」 「なにを言われたんだ?」 「……勇介さんは俺と一緒に来て後悔してるって」  言葉に出して言ったら、また祐実の自信に満ちた声が思い出されてきて、涼一を苦しめる。  震えが止まらない涼一の背中を勇介がそっと撫でてくれながら、いつもの優しい声で言葉を紡ぐ。 「そんなこと真に受けたのか? 馬鹿だな。俺は涼一だけを愛してる。決して後悔なんてしてない。それくらいのこと分かるだろ……?」 「分かってる……分かってるけど……」  でも。 「けど、なんだい?」  いつもの優しい勇介の端整な顔。 「勇介さん、俺のこと好き? いつまでも俺と一緒にいてくれる?」 「好きだよ、愛してる。……いつまでも一緒にいるよ。君が望む限りは」  勇介の一見甘い言葉。だけど涼一の不安は増してしまう。  まただ、と、どうしても思ってしまう。  勇介の顔に走る小さな狼狽の色に。寂し気な表情に。 『君が望む限りは』という言葉に。  別れの予感の欠片を感じて。 「嘘だ。勇介さん、嘘ついてる!」 「嘘なんかついてな――」 「じゃ、どうして、そんな寂しそうな顔するの? どうして君が望む限りはなんて、期間限定な言い方するの? どうして永遠にって言ってくれないんだよ!?」  子供みたいに泣きじゃくりながら叫んだ。  こんなこと言ったら勇介を困らせるのは分かってる。重いって思われて嫌われてしまうかもしれない。それでも涼一は今まで不安に思っていたことを言わずにはいられなかった。 「涼一……」  困惑した勇介の声。しばしの沈黙。  その静けさを破るように勇介が言葉を落とす。 「俺は……おまえの未来を縛りたくないんだ」  ……そんな優しさなんか要らない、涼一は思った。 「なんだよ? それ。結局、勇介さんの思いってその程度のものなんだ? 俺の未来を考えて別れられるくらいの『好き』なんだ!? そんな思いなら初めから好きだなんて言うなよ!!」  涼一は勇介を突き飛ばすと、部屋の奥にあるベッドに潜り込んだ。  涙が止まらない。  祐実の笑い声が聞こえるようだ。  もう終わりになっちゃうかもしれない――――。         

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