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第59話 別れの使者
SIDE.RYOUICHI
次の朝。
「じゃ行ってくる。夕方には帰って来るから、外で食事したあと指輪を買いに行こう」
勇介が優しく涼一の髪を撫でてくれながら、そう言ってくれる。
「うん。……でもいいの? このままここにいても。あの女の人が勇介さんのお父さんに言いつけて、ここにいることがバレてしまうかも……」
「いいよ。父さんがここを見つけても俺は家には帰らないし、会社も継がない。もう逃げないで父さんと対峙するって決めたんだ」
「勇介さん……」
「それじゃ、今日はもう外には出るなよ」
「うん。分かった。いってらっしゃい」
涼一は幸福感に包まれていた。勇介に心から愛されてるという事実に、胸が甘く疼く。
――永遠の愛を誓うよ、涼一……君に――
キスとともに囁かれた誓いの言葉が耳朶に蘇り、自然に口元が緩む。
ふと自分の左手の薬指に目が行く。
今日ここに指輪がはまるんだ。勇介さんとお揃いの結婚指輪。
政略結婚じゃない本当の結婚。生まれて初めて愛し愛される人の存在に涼一の心は華やぐのだった。
勇介が作っておいてくれたサンドイッチで昼食を済ませ、そわそわしている間に時刻は夕方と言っていい頃になった。
もうすぐ勇介さん、帰って来るな。
そんなふうに考えているとインターホンが鳴った。
「はーい。勇介さん、早かった――」
言いながらチェーンを解き、鍵を開け、扉を開き涼一は凍り付く。
扉の向こうに立っていたのは勇介ではなく、自分の父親だった。
「父……さん」
どうしてここが分かったんだろう? と考える間もなく涼一は父親に頬を思い切り殴られていた。
衝撃に、その場に倒れこむ涼一。
倒れこんだまま父親を見上げると、烈火のごとく怒っている。
「おまえというやつは……どこまで親に迷惑をかけるんだ」
「父さん……どうして……?」
「谷川社長の秘書の女性がここにいるのを突き止めてくれたんだ」
……逃げきれていなかったのか……。俺はどこまでどんくさいんだ。
涼一は後悔するももう後の祭りだ。
「涼一、帰るぞ」
父親は言い、手を伸ばして来るが、涼一はその手を振り払った。
「嫌だ! 俺はずっと勇介さんと一緒にいるんだ」
「馬鹿なことを言うな!! おまえが谷川社長のご子息と一緒にいたら、取引をやめると言われたんだ。今、谷川との関係が切れたら、うちの会社は危なくなってしまう。……おまえら、頼む」
最後の言葉とともに涼一の父親が後ろに目をやると、そこには屈強な男が二人いて、涼一を両側から抱えるようにして外へと連れ出した。
「やだ! やだってば!! 離せっ!!」
涼一が抵抗しても大人の屈強な男たちには当然適うはずもなく、ズルズルと引き摺られるようにしてマンションの外へと連れていかれてしまう。
マンションの入り口には車が止まっており、傍であの祐実という女性が微笑みを浮かべていた。
その笑みがまるで悪魔の笑みのように見えて。
涼一が祐実を睨みつけると、彼女は勝ち誇ったように笑い、言葉を放った。
「さよなら。あなたも馬鹿ね、愛人で我慢しておけば、まだ勇介さんと会える可能性もあったのに。……あなたの分もわたしが勇介さんの妻として幸せになるから」
涼一は無理やり車へと乗りこまされ両端を男たちに挟まれる。
「嫌だ! 助けて!! 勇介さん!」
「うるさい。諦めろ」
父親の冷たい声。
「勝手だよ、父さんは。今まで俺に見向きもしなかったのに、こんなときだけ……」
「それが、おまえの運命なんだから仕方ない」
運命……。
もう二度と勇介さんには会えない?
まだ涼一の体には昨夜勇介に抱かれたときの温もりがはっきり残っているのに。
「あの男も、おまえがいなくなれば諦めるだろ」
そう言って笑う父親が、まるで悪鬼のように見えた―――。
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