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第64話 ???
それからは栄養剤と安定剤の点滴により、涼一はなんとか心身のバランスを保っていた。
けれども安定剤の効き目が強すぎて、いつも頭がボーッとしていて。
何度も勇介と一緒にいる夢を見て、目が覚めるとそれが夢だったことに絶望して。その繰り返しだった。
もう病院に来てから何日経ったかも分からない。
病院から抜け出して少しでもいい勇介に会いたい気持ちと、そんなことをしたら勇介の迷惑になり、自分も傷つくことになるんだという気持ちがせめぎ合う。
そのうちそれを考える気力もなくなってきて、もう自分なんかどうなってもいいという投げやりな気持ちになった。
ある朝、涼一はいつもと違う騒がしさに起こされた。
涼一が入院しているのは個室なのだが、その扉の向こうがやたらと騒がしい。
女性の看護師たちの浮き立つような声が響いている。
……芸能人でも来たのだろうか?
ぼんやりとそんなふうに思ったが、自分には関係ないので、また目を閉じて眠ろうとした。
そのとき扉が開かれる音がした。
「……看護師さん、俺、まだ眠いから検温と血圧なら後にして」
涼一はそう言って扉と反対側を向く。
ふわりと病室の空気が動く気配がして、耳元でその囁き声がした。
「涼一」
え――――?
「涼一、大丈夫かい?」
「勇介、さん……?」
また夢を見てるんだと思った。捕まえようとしたら覚めてしまう儚い夢だと。
「涼一……会いたかった……!」
だが、今回の夢はリアルだった。
ギュッと抱きしめてくれる力強い腕も、息遣いも、トクトクとなる心臓の音まで。
まさか……。
「夢……、じゃ、ない?」
「夢じゃないよ。涼一、こんなに痩せて……ごめん、俺の所為で」
「俺に会いに来てくれたの?」
最後の勇介の優しさなのだろうか?
「会いに来たんじゃない。連れて帰りに来たんだよ、俺のただ一人の妻である君を」
「本当に?」
「本当だよ。随分捜したけど、ようやく君の父親からここに入院していることを聞きだしたんだ。……ずっと別荘に閉じ込められてたんだって? 可哀そうに。悪いけど涼一をそんな目に遭わせる君のお父さんの会社とは取引をやめさせてもらうよ?」
「……そうだ、勇介さん、会社を継いだんだってね……?」
祐実と婚約したのかどうかは怖くて聞けなかった。
勇介は涼一の問いかけに、少し困ったような表情をして、
「うん。それはそうなんだけどね。……とにかくここから出よう」
そう言うとナースコールを押した。
すぐに女性の看護師がやって来る。看護師は勇介の顔を見て、はにかんだように頬を染めた。
さっきの騒ぎは勇介さんが原因か。
しばらく会わなかったあいだに勇介はイケメンさが増していた。勇介もまた少し痩せたようで白いスーツがすごく似合っている。看護師たちが見惚れるのも無理はない。
「あ、あの何か?」
看護師がポーッとなりながらも問うてくる。
「この子を連れて帰っていいだろう?」
「あ、いえ、あの今先生を呼んできます」
看護師がわたわたと出て行き、すぐに担当医師が入って来た。
「この子はもう連れて帰りますがいいでしょう?」
勇介は医師にもう一度同じことを訊ねた。
「ちゃんと食事をとらせるなら帰ってもいいですよ」
「勿論」
「はじめはお粥など柔らかいものから始めてくださいね」
「分かりました」
勇介は医師に深々と頭を下げる。
「両親は一度も見舞いに来なかったが、……君はこの子の兄かな?」
医師の問いかけに、勇介は眩しいほどの笑みで答えた。
「いえ。夫です」
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