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第5話

「おまえ、ヤったんだ?」  いたずらっぽく笑いかけてみせると、明はその意味が分からなかったのかきょとんとしていた。答えを促すようにちらりと胸元の跡に目線を遣ると、彼はようやく俺の言わんとしていることに気が付いたようだ。  明は俺の手をバシッと払うと胸元を隠すようにぎゅっと握りしめた。俺から顔を逸らすように俯く明の耳の先が、わずかに赤く染まる。 「別に……いいだろ」  明は拗ねたように答えた。 「――っ……」  その瞬間の気持ちをどう表現するのが適当であるのか、俺にはわからなかった。  腹の奥底からどす黒い炎がせりあがってくるような感覚。  その炎はとぐろを巻きながら俺の心臓や脳みそさえもすべて燃やし尽くす勢いで、急激に成長して全身に広がっていった。  心臓がバクバクと早鐘を打つ。貧血になった時のように視界が一瞬(かす)みがかり、くらくらと眩暈(めまい)がした。ガタッと大きな音がしたと思ったら、(もや)の開けてきた視界には床に倒れて呆然とする明がいた。 「ちょ…臣、何すんだよ?」  俺は無意識のうちに明を押し倒していたらしい。明は俺の眼下で戸惑ったような表情をしながら身を起こそうとするが、のしかかる様に体重をかけている俺をどけることは難しかったようだ。 「臣……っどけよっ!いきなりな――…」 「気持ちよかったか?」  俺の唇は勝手に動いて、勝手に声を発していた。 「はっ……?」  明が信じられないようなものを見るような目で俺を凝視する。  ガンガンと、まるで鈍器で殴られているかのような頭痛がする。猥雑な痛みの中でまだ僅かに残っていた理性が「これ以上はやめろ」と脳内で何度も警鐘を鳴らしていた。    しかし俺の唇は言葉を紡ぐことをやめられない。 「なぁ、教えろよ。女のナカに挿れたんだろう? どうだった? 何回イッた? 言えよ」  次から次へと己の口から発される卑下(ひげ)た発言に自分自身でさえも驚いていた。自分だってそうなのだからそれを聞かされている明の衝撃は相当なものだろう。組み伏せられた彼は今にも泣きそうに顔を歪ませながら力なく頭を横に振る。 「臣、お前…どうし――」 「言えよっ!!」  俺の怒声に明の体がびくりと震える。発した自分でさえも面食らう程の声量だった。  明の顔が俺から背けられ、(まぶた)がぎゅっとつむられる。それと同時に(まなじり)から一筋の涙がこめかみを伝った。 「……気持ち……よかったよ……っ」  明の声は怯えたように震えていた。 「何回イッた?」 「…………っ」  答えない明の顎を掴んで、無理やり顔をこちらに向けさせる。 「痛っ……」 「」  もう一度低い声で同じ質問を問いかけると、固く閉じられた瞼がおそるおそる開かれた。  淡いグリーンを混ぜ込んだような茶色の瞳は涙で潤んでいるせいか宝石のように煌めき、長いまつ毛にも彼の涙が滲んできらきらと光を反射していた。  ――綺麗だ。  俺はこの場にそぐわないことをぼんやりと思っていた。幼少期から何度も見た明のその泣き顔が、俺は大好きだった。  この瞬間だけは、いつもあちこちに興味の移る明の瞳に、自分しか映っていないことが実感できるから。  明は長いためらいの後、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。 「……二回……」   彼がやっと答える頃にはその大きな瞳からとめどなく涙が溢れ落ちていた。 「へえ……」  彼の泣き顔を見ていると、全身を焼き尽くしそうなほどに燃え盛っていた炎が急速に収束していくのを感じた。だからといって彼を泣かせた罪悪感に苛まれたわけではない。  代わりにふつふつと自分の中で湧き上がる別の感情の名を探りながら、俺は自らの欲望に身を任せることにした。

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