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第4話 夢のような
キスを交わしながら、本条の手が有坂のTシャツの下に潜り込む。有坂が初めてのキスに翻弄されている間、本条は有坂の乳首を指の腹でくにくにと摘み硬く育てていく。有坂の陰茎がジーンズの下でどんどん膨らみ、痛みと窮屈さに我慢できず自分で寛げた。
そこにも本条の手が入り込む。陰茎を握られただけでぴくりと僅かに持ち上がった。自慰をするたびに想像し、自分の手に投影してきたことが現実となりひどく興奮する。優しく陰茎を摩られるたびに先走りが溢れた。快楽は有坂の身体の中で膨らみ続け自重を支える腕はガクガクと震えていた。
背中にのしかかる本条の身体の重みにも耐えきれず床にうつ伏せになる。それでも本条の愛撫からは解放されず、触られた部分が疼いて仕方がない。より強い刺激を求めて敏感になった乳首や陰茎を床に擦りつけた。
「あっ、あっ、本条さっ……も、イクッ……!」
本条が顔を上げるも、有坂はラグに性液を放ってしまった。栗の花に似た匂いが広がる。
「ご、ごめんなさ」
「大丈夫だよ」
有坂からさあっと熱が引くが、本条は微笑みティッシュで汚れを拭き取った。
「こっち向いて」
本条は有坂を仰向けにした。馬乗りになり、有坂の顔を両手で軽く挟んでじっと見つめる。大きな目はなんとも愛おしげに細められ、唇は恍惚と弧を描いた。その視線は真っ直ぐに有坂の目に向けられている。
有坂はデジャヴを感じた。この表情を見たことがあると。考えてはいけないと警鐘が鳴り響き続けるが有坂の意志は勝手に記憶を遡っていく。そして答えにたどり着いた。夢の中で見たのだ。何度も何度も、その愛に溢れた表情を向けられていた。
それが現実になったのに、有坂は不安でいっぱいだった。実在する有坂を素通りして思い出の中の恋人を見つめているのだと、認めるのが怖くて怖くて仕方なかった。
有坂の顔はくしゃりと泣きそうに歪んだ。本条の眉が下がる。
「……やっぱりやめる?」
有坂は首を横に振った。
「嫌です。このまま……」
有坂は本条の腕を引く。こうなれば、めちゃくちゃに抱かれた方がマシだと思った。それこそ、自分が誰だか分からなくなるほどに。
それに反して本条はどこまでも優しかった。皮膚に触れず産毛を逆立てるような繊細な手つきで有坂の身体をなぞり、たっぷりと時間をかけて後孔をほぐした。経験のない有坂でも、疼きに耐えかね挿れて欲しいと口にしてしまった。
仰向けになり本条を後孔に受け入れると、裂けるような痛みはないものの、孔の周りの筋肉がみしみしと拓かれるような感覚に苦痛が伴った。前髪の生え際や背中に汗が滲む。身体を硬くする有坂に、本条は根気強く自身の型を馴染ませていく。
優しくしてくれるのが嬉しくて、そのまま溺れてしまいたかった。だが勘違いしてはだめだ、愛は自分に向けられているものではないと有坂は頭の片隅で唱え続ける。何も見えないふりをして、本条から与えられる優しさを貪ってただ甘えられるほど有坂の神経は太くない。
抽送が始まれば有坂の思考力も理性も消し飛んだ。夢の中の朧な感覚とはまったく違う。
腰をぶつけられる衝撃は思ったよりずっと強かったし、本条の陰茎がどこを擦っても気持ちがいい。粘膜すべてが性感帯になってしまったようだ。浅い場所を細かい動きで擦られればビリビリと甘い痺れが走り、奥深くまで穿たれれば脳天まで快楽に貫かれた。
それらをいなす術を、未通の有坂はまだ知らない。なりふり構わず乱れ嬌声を撒き散らす。
「ああっああっ!気持ちいっ……!あっ……!」
「いいよ、我慢しないで」
「ああっ、出るっ……ぁっ、あぁぁぁ!」
有坂はラグから背中を浮かせ、ぶるぶると下半身を震わせた。薄い腹に白濁が散る。それでも本条は動くのをやめない。有坂は再び快楽が引き摺り出されていく予感に、頭の奥がツンとした。
「本条さっ……本条さんっ、も、無理。きゅうけ」
「ごめん、僕もイキそう。っもうちょっと」
本条は有坂の身体を抱き込む。きつく抱きしめられ切羽詰まった声が耳を掠めた。余裕の無い態度や気持ちよくしているのは自分なのだと言う愉悦に、有坂はぎこちなく、だが恍惚と口元を緩める。
次の瞬間から、抽送の速さと深さが増した。身体がぶつかる衝撃と快感が有坂を大きく揺さぶる。パンパンと皮膚がぶつかるたびにピリピリした痺れが肌の上に残り、骨が軋みそうなほど激しい衝撃が矢継ぎ早にやってくる。
有坂は必死で本条にしがみついた。本条が体内に入ってくるたび目の前がチカチカして、そして意識が飛びそうになるほど気持ちいい。
「あっ……あん! あっ……く、んっ、こわいっ、こわいよ……」
過ぎた快感にたびたび視界がフラッシュする。そのまま意識を失えば、次に目を覚ました時本当に自分じゃなくなってしまう予感がして怖かった。それでも容赦なく本条の猛りと快感の波が襲いくる。
「ああっ! やだ! あっぁっ、死んじゃうっ、死んじゃううぅぅ!!!」
嬌声というより悲鳴に近かった。本条は唇を押し付け蓋をする。それでも押し潰された声が喉や口の端から漏れた。
やがて本条が一際奥まで陰茎を差し込み、ぐりんと抉るような腰使いをすると、有坂は頭の神経がぷつんと切れそうになった。頭が真っ白になり、ガクガクと痙攣しながら吐精した。
本条も深く息を吐きながら脱力し、有坂に心地よい重みがかかる。ゆっくりと顔を上げた本条は、愛おしげな眼差しで有坂の蕩けた目元をなぞる。有坂はまだ余韻の中にいて戻って来られない。
本条の精悍な顔が近づく。大きな目が自分の顔を映す。有坂は目を見開いた。本条の目に映った顔は、有坂のものではなかった。線の細い美青年が本条の瞳の中で微笑んでいる。
それはまぎれもなく遺影の中にいた、本条の恋人の顔だった。有坂は絶叫し、奈落に突き落とされる。そして夢から醒めた。
「え……」
有坂はもう一度目を見開く。目の前には眠る本条の顔があり、あたりは薄暗い。視線だけで周りを窺えばリビングとは違う部屋にいて、窓のカーテンは外から差す光を透かしていた。いつのまにか寝室に居て、朝になっている。身動ぎすれば布団がずれて肩がひやりとした。
どこからが現実で、どこからが夢だったのか。
有坂は昨日の出来事を記憶から手繰り寄せる。
そして、やはり最初から本条の愛情が自分に向けられていなかったのだと確信した。夢の中で、本条の瞳に映った顔は、本条の恋人の雅也のものだった。そして、有坂の角膜のドナーも雅也だ。つまり、あの夢は、"すべて雅也の目を通して見た出来事"だったのだ。
夢の中の本条の愛おしげな眼差しは、自分に向けられたものではなかった。優しい言葉や仕草も、笑い声も仕事の愚痴も美味しいものを食べた時の喜びも性愛も、すべてかつての恋人に向けられていたのだと、気づきたくなどなかった。
痛む心を守るように体を丸めれば、気配に気づいたのか眠ったまま本条が有坂を抱きすくめる。
甘く胸が疼いて、ああ、やはり好きだとときめきが胸を刺す。しかし感情までかつての目の持ち主に引き摺られているのではないかと思うとゾッとした。
ベッドの中は二人分の体温が混ざり合って暖かく、身体を包む布団やシーツは柔らかい。本条の腕の中は居心地が良く、お互い休みを取ったのでいつまでも微睡が許されている。
それなのに、甘やかで暖かい場所にいるのに、凍えるような寂しさに胸を抉られる。
穏やかな朝は泣きたくなるほど幸せで、そして今すぐ死にたくなった。
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