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第6話 まだ君の夢の中
有坂は不安に駆られて初めて自分から本条に連絡を取った。本条は、夢の中でも現実でも有坂のそばにいてくれる。
事情は伏せて会いたいと言ったが、本条は快く予定を空け、マンションで会うことになった。有坂は、夢を見なくなったことを正直に言おうと決意していた。本条がどんな答えを選んでも、まずは不安を吐き出させて欲しかった。
最寄り駅に迎えに来た本条は変わらぬ笑みを浮かべていたが、肌の張りがなく目元にはうっすら隈ができていた。
「大丈夫ですか? 俺、本条さんのこと何も考えずに来ちゃって」
「気にしないで。僕は会えて嬉しいから」
いつものように、恋人のように手を繋ぎマンションへ向かう。本条の部屋に入ると、慣れた匂いに落ち着いた。わたあめは有坂の方を向きぴすぴすと鼻を鳴らす。
本条はわたあめを有坂に抱かせる。わたあめは頭を有坂の掌の下に潜り込ませ撫でるよう催促した。額をゆっくり撫でてやれば、わたあめは有坂の膝の上で身体を伸ばし目を細める。
本条は有坂の横に座り、頭を肩に乗せ深く息を吐いた。
「最近忙しいんですか?」
「まあね、休日出勤とか残業とか変わってあげてるんだ。中々会えなくてごめんね」
「それは全然……いえ、会えれば嬉しいですけど……」
有坂は赤面してしまう。
そして、夢のことを話すべきか否か、迷いがでてきた。わざわざ言わなくてもいいのではないか、本条と過ごす幸福な時間を壊す必要があるのかと。
わたあめを撫でる手が止まり、鼻先でぐいぐいと掌を押される。有坂はごめんごめん、とつい話しかけてしまい、本条は笑みを深める。気恥ずかしくなった有坂は別の話題を向けることにした。
「あの、何がきっかけでウサギを飼い始めたんですか」
「うん……そうだな、駆け落ちかな」
ギョッとする有坂に、本条は悪戯っぽい目を向ける。
「僕はね、今の会社に転職する前、化粧品メーカーにいたんだ。化粧品てさ、新しい成分を使うときは動物実験が必要なんだ。知ってる?」
「え……」
聞き慣れない単語に有坂の言葉がつまる。
「ウサギの目に薬品を投与してどんな影響が出るのか見るんだ。実験が終わったら殺処分される。それを見て僕は」
本条は言葉を切る。何かを思い出すように長い睫毛を伏せ、かわいそうだなって、とうわごとのように続けた。
「……それで、辞める時に無理言って実験用に繁殖されてた仔を買い取ってきたんだ」
有坂はなんと言っていいかわからなかった。化粧品メーカーの壮絶な裏側についてもそうだし、本条は恋人の死以外のところでも傷ついてきたのだと思った。
「まあ元気に育ってよかったよ。それまで生き物を飼ったことなかったから」
本条は微笑んで、うとうとするわたあめの背を撫でた。
「じゃあ……もっと傍にいてあげないと。寂しくて死んじゃいますよ」
「そんなのウソだよ。飼い主がいない時に死んじゃうことが多かったからそう言われるようになったんだって」
「へえ……そうなんですね」
「この子を引き取ってからウサギのことめちゃくちゃ調べた」
本条と有坂は目が合うと、お互いふっと笑みをこぼした。
「今日、まだ時間ある?」
本条の目に妖しさが宿る。有坂の手の甲をするりと撫でた。有坂の顔に血液が集まり赤くなる。
「本条さん、あの、明日仕事は」
「お願いだから帰らないで。……寂しくて死んじゃう」
本条は甘えるように有坂にもたれかかった。
「……嘘つき」
有坂は、かつての恋人を自分を通して見ているのを知っている。本条は、必ず"目を見て"有坂に話しかける。
けれども、本条から求められれば手を伸ばさずにいられなかった。本条をそろりと抱きとめる。
本条を前にすると、恋に目が曇り迷いも悩みも霞んで見えなくなってしまう。
恋人の代わりでもいいのではないか、本条さえいれば幸せでいられるのではないかと全部投げ出してしまいたくなる。
しかし、本条との関係は最初から仮初のものだ。ふとした瞬間本条から手を離されたらと思うと、有坂はすべてを明け渡すことなどできなかった。
そうなる前に、いっそ自分から手放した方が――――
有坂は今日もそんな思考を頭の隅に漂わせながら、本条の腕の中で甘美な時間の流れに溺れた。
次に会う約束をした日は雨だった。少し待ち合わせには早かったが、有坂はマンションまでの道順を覚えてしまっていたので自ら出向いた。インターフォンを鳴らすも出てこず、取っ手に手をかければ鍵は空いていた。玄関には見たことのない、本条の足より小さなサイズのスニーカーがある。有坂は目を剥いた。
部屋の中は静かだった。中から聞こえてくるひそやかな話し声が、余計に静寂を際立たせる。有坂まで息を潜めてしまう。靴を脱ぎ、フローリングに足を下ろす音すら立てぬようひっそりと上がり、リビングを覗きこむ。
そこには本条と見知らぬ青年がいた。心臓を鷲掴みにされたように、息が止まった。
本条はうっとりと青年の胸に寄りかかっている。有坂と同じくらいの歳の金髪の青年は本条の肩をつつき、有坂に無味乾燥な視線を向ける。本条はまだ夢の中にいるような表情で、有坂の方にゆるりと目を動かす。
「どうしたの?」
本条はいつもと変わらぬ笑みを浮かべた。
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