5 / 11

四 ぐるぐるもやもやは、飲み込んで

 ぐるんぐるんと、いろいろと考えが回る。  考えなきゃいけないことはいろいろあるはず……なのに。  なのに、気が付くといつも元の場所に戻ってきている。  考えないほうがいいのに。  答えがわかったって、自分で自分の首を絞めるようなものなのに。  だから、考えない方がいい。  わからないことは、そのままそっとしておいた方がいい。  ぐるぐると考えていたって、やることはたくさんあって。  立ち止まって考えている暇なんてなくて、どんどんこなしていかなくちゃいけない。  講義受けたり部活に出たりバイトしたり。  色々、ある。  今日も今日とて、講義の後には走りにきてます。  当然、みはも一緒に。 「良哉、調子どうよ?」 「んー、ま、そこそこ?」 「なんで疑問形?」 「いや、何となく。悪くはないよ。みはは?」 「思ったほどタイムでねーな。ちょっと、考えすぎてんのかもしんない」  お互いの手を引き合う形で、みはとストレッチをする。  いつものアップ。  陸上はチームプレイの競技じゃないから、ずっと一緒にいて同じメニューをこなしてるわけじゃない。  垣間見てるだけじゃ、調子の良し悪しの正確なところはわからない。  だからストレッチしながら話をするのは、結構好きな時間だけど。  だけど、最近、みはと組んでするのはちょっと避けたいかなぁって、気分になる時がある。  ストレッチって、お互いの身体を触るじゃん。  最近、みはと密着するのがなんだかそわそわするんだ。  だから。  うん、できれば別々にやりたいなぁ、なんて。 「考えすぎって、みはが? フォームの修正とか?」 「いや、別口。走りながら考えることじゃないことを、考えてるかもしんない」  顔は見えないけど、声が身体越しに響いてくる。  うん、そわそわするよね。 「なんだよそれ、集中しろよ~」 「本番は集中するからいいんだよ。それより集中がいるのは、良哉だろ」  ストレッチのメニューは基本的には大体決まってるから、いちいち確認することなく手順で進めていく。  当たり前のように伸膝開脚で座ったら、条件反射のようにみはが背中に体重をかけてきた。  掌が肩甲骨を押す。  みはの手は身長に見合って大きい。  割と手のひらが薄い。  結構、指が長い。  節くれだってる。  オレの手とはちょっと違う。 「オレ? 何で?」 「調子いいんだったら、そのまま保っとけってこと」 「あー……どうかな。悪くはないって程度だよ、努力はするけど」 「ギャラリーに気を取られないくらい、集中しろよ」 「努力はするって」  適当にそう流したら、聞き流してんじゃねーよ! ってみはが身体ごと乗っかってきた。 「いたいいたいいたいいたい!」  くそう、何するんだよ。  股裂けるかと思った。  部内選考会は、明日。 「……良哉、メンタル弱すぎ」  結局。  部内選考会で、落ちたオレにみはが渋い顔でそう言った。  案の定、選考人数四人枠に対して、最終もつれて五人目ゴールのオレ。  対するみはは調子悪いって言ってたけど、一歩前行く三人目。  調子は悪くても、ちゃんと選考人数に入ってるあたり、さすがだと思う。 「いやあ、緊張しちゃって……っていうか、みはは流石だな。出場決定おめでとう」 「のんきに笑ってんなよ。最近の調子だったら、俺よりお前のほうがいい記録出せそうだったのに」 「んー、でも、試合になったらもっとギャラリー増えるから、やっぱお前が出るので正解だと思うけど?」  悔しくないわけじゃない。  思ったように記録が出せないことは確かにちょっと悔しいし、試合に出られないのも少しは残念だけど。  けど、オレが試合に出たところで、結局同じ感じになると思うんだよね。  県体選抜がかかってたら次点。  一回こっきりの大会だったら、入選逃したねって言われる九位とか、十一位とか。  調子が良かったら確実に、それほど思わしくなくても、何とか滑り込みででも選考人数や入賞に入り込む、みはとは違う。  ギャラリーなしの試合ってないもんかな。  いつも思う。  人の視線ってわかるじゃん。  別にだから自分を変えようとか、そこまで極端には思わないけど。  でも、今見られてるかどうか、なんて如実にわかる。  だから、オレは試合が嫌いだ。  人の視線に慣れてない。  慣れられない。  メンタル弱いと言われればそこまでのことではあるんだけど。  だけど、期待とかされちゃうともう、申し訳なくて。  このままじゃダメなのはわかってるんだけど、そっとして置いて欲しくなる。  理想の自分は程遠い。  こういう時、いつも思う。  オレの理想にかなり近いみはの背中が、目の前に見えてるから尚更に。 「おーい、選考終わったら帰っていいってさ」  向こうからチームメイトの声がする。 「おー、今いくー」  手を振ってそう返したら、わさっとみはが頭の上からタオルをかけてきた。  そのまま、わしわしとかきまぜられる。 「何すんだよー」 「髪、湿ってる。ちゃんとふかねーと、風邪ひくぞ」 「そりゃ……成績がふるわなくたって、ちゃんと本気で走ってるもん、汗くらいかくだろ。つか、お前だって風邪ひくじゃん。選手なんだから大事にしないと」  中学のころはオレとそう変わらなかったはずのみはなのに、今では十センチ近く身長が違う。  頭のタオルを外して手を伸ばして、タオルでみはのうなじをごしごしこすったら 「良哉だよなぁ……」  なんて、ヘラリと笑われた。 「何だよ?」 「や、そこでいつもと変わんないのが良哉のいいとこだよなと思ってさ」 「なんだそれ。選考落ちは実力だし、腐ってもしょうがないじゃん」 「実力はあんだろ」  ちょっとだけ真面目な顔でみはが言う。 「お前、練習のときは俺より安定して走れるじゃん。欲がないだけで」  ほら行くぞ、と言い置いてクラブボックスに向かうみはの背中を追いながら、ちょっとため息が出た。  欲がない、ねえ。  手にはみはの頭の感触が残ってる。  欲はあります、人並みに。  大きい声では言えないようなのが。  ただ、今回の選考会に限るなら、ホントにプレッシャーに弱いだけ。  実のところ、いろいろと他の奴に知られたくないことだって、欲してたりするさ。  押しが弱いとことか、どんくさいとことか、あんまり伸びなかった身長とか、いい加減行き詰ってる記録とか。  ちょっと迷走気味な気持ちとか。  そう、こんな気持ちとか。  みははどんどん前を行く。  中学・高校時代はオレとほとんど変わらなかった体つきも記録も、今ではすっかり差がついた。  ど真ん中でうもれてた性格も、つられて前向きになってったんだろうと思う。  みはの背中を追うのが、オレの精いっぱい。  なんて、みはとオレの差がついていってることに、理由をいろいろとつけてるけど。  多分、これがもともと持って生まれたものの差、なんだろうな。  みははどんどん前に行く。  オレはきっと、いつまでも相変わらず、だ。  このもやもやに名前がついても、きっと飲み込んで、みはの背中を追いかけるだけなんだ。  それでいい。  オレはずっと、みはのこと見てる。  その背中、ちゃんと見てる。

ともだちにシェアしよう!