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六 箱があいたから全部消え…たわけじゃない

 心の中に隠しておいた箱は開いてしまった。  中にあるものは目の前に出されて、ほら、どうだってさらされる。  突きつけられたら、さすがのオレだって、気が付いちゃうじゃないか。  自分の気持ちとか、気持ちにつけられてる名前とか。  でも。  いくら“ぼんやり”なオレだって、ちゃんと知ってる。  みはは男で、オレも男だ。  男と男は普通、付き合わない。  男同士で付き合っても悪くはないんじゃないかと思う。  けど、それはオレの感覚。  オレは気にならないっていうか、気にしないっていうか……好きならいいじゃんって思ってるんだけど。  世の中はそうじゃないっていうのも知ってる。  気持ち悪いと思うやつがいるっていうのも、ちゃんと、知ってる。  だから、おおっぴらにしない方がいいっていうのも、知ってる。  それでも。  気が付いたら止まらない。  何であんなに、みはと一緒にいたかったのかとか。  みはに小言を言われるのが嬉しかったのかとか。  小言でもいいから、もっとオレに何かを言ってほしいとか。  ちょっと頭をなでられたり、タオルで頭を拭かれたり、気にかけてもらえるのが嬉しかったり。  ストレッチするのがドキドキしたり、一緒に着替えるのが心臓に悪かったり。  そんなの、全部、一つの言葉で説明できてしまう。  好き。  みはが好きだ。  多分、言うことなんてできないだろうけど。  噛み砕いて飲み込んで、そのまま曖昧にして一生閉じ込めておくはずだった気持ちに、名前が付いた。  でも、言っちゃだめだ。  欲しがってもだめだ。  これは、オレだけの話にしとかなくちゃ。    そう思うのに、先を考えてみたりとか、してしまう。  みはが俺を好きになってくれたらいいな、とか。  みはに触りたいな、とか。  みはに触られたいな、とか。  とかとかとか。  思ったりするんだけどでも。  っていうか、その前にまず、告白とか絶対に無理だから。 「いやいやいやいやいや」  一人きりの、一人暮らしの部屋。  夜中にふと魔がさして、ついうっかりパソコンで調べものなんぞをしてしまった。  だーかーらー。  考えちゃダメなんだってば。  そういうせんのないことは、考えない方が身のためだ。  ダメなんだから、これはなし。  忘れろ、オレ。 「よし、忘れた」  画面いっぱいに映った肌色。 「忘れた忘れた」  自分に言い聞かせながら、ブラウザを閉じる前に今まで見てた履歴を消しておく。  誰に見られるわけじゃないけど、なんかほら、そういうもんでしょ肌色画像を見た後っていうのはさ。 「あー、こんな時間か。風呂ってくるかなぁ」  狭い筈の一人暮らしの部屋に、オレの声だけがする。  さっきまではパソコンから音声が流れてて、それはそれで居た堪れなかったんだけど。  でも、一人でいて何も音がしないのも、何だかすうすうする。  多分それを寂しく思ってしまうからか、一人でいると、ひとり言が増える。  すげえ寂しいやつだなオレ。 「だからってどうしようもないけどさー」  呟いて、パソコンの電源を落とした。 「みはなら、あねごの方がお似合いだよなー……うん」  さっきまで見てた画面を思い浮かべて、ため息を吐いた。  うん、オレには、無理だ。  無理無理。  玉手箱があいたところで、どうしようもない。  現実が付きつけられて希望はなくて、残念でした、で終わるんだ。  あの時連れ出されて話したのは、さりげなく、釘を刺された……んじゃないかな、と思ってしまうときがある。  あねごは強制したわけじゃない。  でも、オレの気持ちをわざわざ確認するくらいなんだから、あれは『協力してね』って、ことだったんじゃないかって。  オレは、そう思っている。  冬が深まっていって、真冬っていってもおかしくないころ。  講義がいっこ終わって次の教室に移動する準備をしていたら、みはが誘いに来た。  何の話だと体に力が入りそうになるのを、荷物を整理するフリで誤魔化す。 「は……? え、なんて?」 「だから、空き時間に映画でも行かねえかって、あいつらが」  みはがめんどくさそうに、あいつら、と指差す。  そっちを見たら普段つるんでるやつら、男女混合で五・六人がみは待ちですって感じでたむろってた。  そこにあねごも混じってるのを見て、これは断るわけにはいかないだろうなぁって、気が付く。 「何で急に映画よ?」 「話題作で見たいのがあって、今日は水曜で女子がお得だから」  あー。  水曜日のレディスデーね。 「って、それ、オレらにうまみねーじゃん」 「まあ、そこはそれ、お付き合いってことだろ」  どうする?  って、みはが目で問う。  お前は知らないだろうけどね。  オレ、断ったらものすごく罪悪感にさいなまされると思うんだ。  あねごはみはと映画に行きたいだろうしさ。 「ま、いいんじゃね? オレ、寝てるかもしんないけど」 「俺も、内容によっては起きてられる自信ねーわ……」  ちょっとうんざり、って顔をしてみはが笑う。  このうんざりはただ単に、付き合いで映画に行くのが面倒だなっていう方向だろう。  みはにとってはその程度。  あねごの気持ちも、オレの気持ちも知らないで。  女子が見たがる話題作なんて、そりゃあ、ある程度路線は読めるわけで。  その路線……やばいなぁ、なんて思いながらついてったら、案の定。  最近の映画館って椅子もいいし空調もいいし、素晴らしい休憩時間を過ごさせていただきましたって感じになってしまった。  マジで、冒頭シーンとラストのクレジットしか記憶にねえわ。  女子には軽くにらまれ、やろーには指さされ、みはには苦笑され。  わいわいと、学内にいる時と変わらない感じで、近くのカフェで一息入れる。  ちょっとこじゃれた今話題だとかいうカフェ。  どうせならデートできたいわぁなんて、一緒に行った女子が言ってた。  店の人に注意されちゃったりしながら、映画の感想を言い合ったり学内の噂話を聞いたりした。  こんな風にみはが混じっていても、みはのことを気にしすぎないで気楽にバカ話をできるのは、久しぶりで楽しくて。  小難しいこと考えるより、やっぱ、こういうのの方がいいなって。  少しだけ、箱を開けたあねごを恨めしく思った。  夕方になって、ほんの少し寒さが増した帰り道。  近道だからって、公園のけやき通りを抜けることになった。  団体でわあわあ言いながら歩くなら、雰囲気がよかろうが散歩に向いてようが、どうでもいいんじゃねって思ったけど。  何だか妙にそこを歩きたいと力説する奴がいたから、まあ、いいかってことでそっちに足を向けたんだ。  コートのポケットに手を突っ込んで、ゆらゆらと団体の一番後ろを歩く。  なんとなく前を行く連中の背中を見てた。  なるほど。  あねごが『そう思ってみたら視線の先がわかる』って言ってたのがわかる。  映画に行こうとかカフェに寄ろうとか近道にけやき通りを歩こうとか。  いろいろと言いだしてたあいつは、あねごを見てるんだ。  だったら。  あねごから見てオレの背中はどうだったんだろう。  まだ気持ちに名前がついてなかったけど、でも、ずっと好きだったから。  もしかしたら、オレの気持ちなんてとっくにばれてたのかもしれない。  だとしたら。  オレが釘刺されたって感じたのは『協力してね』ってことじゃなくて、『みはちんは私がもらうわね』ってことだったのかな。  あねごっぽくないな。  うん、これはきっとオレの妄想。  被害妄想。  妄想は暴走させちゃいけません。 「あのさ…………だ」  いつの間にか、隣に来ていたみはの声が聞こえた。  耳の中をなにかが通過しましたよっていうくらい、小さい声。  小さくて、聞き間違いかと思って、信じられなくて、聞き返した。 「え? えと、なんてったの、今……」 「だから……好きだっつったの」 「え…と……」  きん、って耳鳴りがした。  今ここで聞くなんて。  いや、どこだろうと、みはの口から出てくるなんて、想像もしてなかった言葉。  言ってもらえたらうれしいだろうけれど、そんなおこがましいこと考えることすら禁止してた。  恐る恐る横を見たら、やっぱり間違いなくみはがいる。  コートのポケットに両手を入れて、照れてるのかちょっとむすっとした顔してる。  きょろきょろと周りを見たら、前のほうに一緒に映画を見に行った連中がげらげらと笑いながら歩いていて、後ろには誰もいなくて。  みはのむこうにも、誰もいない。  ……ってことは。 「オレ?」 「他に誰がいるんだよ」 「え、だっ!! ……!!」  ちゃんと聞こうとして、下からガツンてきた。  火花が散った感じ。  あまりの衝撃に目の裏がちかちかする。 「くぅ……っ!」  三歩下がって股間を抑えてうずくまったら、みはが慌ててもどってきた。 「良哉? 大丈夫か、おい?」 「みはー? 良哉? どうした?」 「良哉が車止めでタマ打った!」 「げ! まじか?!」  あんまりのことで、全然まわり見てなかった。  公園の並木道の終わり、公園に人と自転車しか入れないようにするための車止め。  このタイミングでそこにあるって反則じゃね?  しかも、高さがオレの股間ぴったりって、なんの嫌がらせだよ。  おかげで、油断しきっていた時にもろに打った。  痛くて吐きそう……  背中をへんな汗が流れてる。  周りの会話は聞こえるけど、身構えてもなかったからもうこの衝撃といったら半端なくて、返事する余裕なんてどこにもない。 「跳べ。体伸ばしてジャンプしろ」  みはがオレの体を引き伸ばして、腰の後ろをたたく。  勝手に涙が浮かんできた。 「大丈夫か、良哉?」  っていうかごめん、マジで返事無理なんだけど、とりあえず女子だけでも離れてくんないかなぁ。  なんて思ったりもするけど、そういうのを口にするのもきつくて。  口を開いたら「うー」とか「むー」みたいな音しか出てきそうにない。  男子、わかんだろ?  なあこの経験あるだろ。  ちょっとそっとしててくれたら、それでいいから、女子、先帰ってくんないかな。 「あ、俺見てるわ。みんなバイトとかあるだろ、いいよ」  なんとかオレが口にした「そっとしてて…」っていう言葉が聞こえたらしいみはが、皆に声をかけてくれた。 「でも……」 「ちょっと休ませてから、送ってくし……なあ、それでいけるよな?」  なって言われたから、なんとか頷いた。  「そっか?」 「おう」 「じゃ、みは、頼むな」 「みはちん、よろしくね」  頭上で交わされる会話。  あ。  いやちょっと待って。  全員帰っちゃうの?  女子だけ先帰って、男子残ってくれたらいいのに。  何かわかんないけど、今みはと二人になるの、やばい気がするから。  だから、誰かは残ってほしいな。  そう言いたいけど言えなかった。 「ゆっくり息吸って……大丈夫か?」  とりあえず端に寄ろうぜって、みはに支えられて移動する。  そろそろと移動して一息ついて……  ううううう、動いたらやっぱり、痛すぎてくらくらしてくる。 「どっかで休んだほうがいいな」 オレの顔を覗き込んで、みはが呟いた。 「や、だいじょーぶ……多分……」 「って言ったって、お前顔色スゲー悪いし」 「おさまったらだいじょーぶ」 「俺が納得する状態でそれ言えよ。全然大丈夫に見えないから、心配してんだろ?」  みはの声がなんかすげえ格好良く聞こえて、どきんってした。  すごく、親身になってくれてる声。 「ごめ……」 「とにかく、どっかでゆっくり休もう。あんまひどいようなら医者行ったほうがいいし」 「おおげさ……」 「おおげさでもなんでも、好きに言えよ。お前がホントに大丈夫なら、それが一番なんだよ」  みはの声がすごく真剣なのはわかった。  わかったけど、痛すぎてもう、なんか、吐きそうな気分で、よくよく考えるのは放棄していいですかーな感じ。 「動けるか? 動けるようなら、遊歩道抜けたとこに休めるとこあるから、行こうぜ」  みはがオレを支えて歩き出す。  その辺に座ってても、そのうちおさまるのに。  そう思ったりもしたけど。  けど。  何か、極悪な感じなんだけど、みはに心配されるのはすごく心地よかったりしたから。  マジでいてーのはいてーけど。  それとこれとは別で。  すっかりみはに任せっきりで、とにかく、響かないように足を動かすことに集中する。  どっかに連れて行かれてるのはわかった。  でも、行先がどこでもみはなら悪いようにはしないだろう。 「打った場所が場所だから、ちゃんと力抜けるとこでゆっくり休んで、大丈夫かどうか、確認したほうがいいよな」  って、何がどう大丈夫なのをどう確認するのかなんて、これっぽちも考えてなかったんだけど。  けど。 「……!」  いやもう、驚いた。  驚いたって言うかなんて言うか、何が起こってるんだ。  何でオレはここ――ものすごくわかりやすく言うなら、っていうか、他に言いようがないんだけど、ホテルのベッドの上にこうしているんだ。  もろもろの衝撃でオレが真っ白になってたのはわかる。  そこはわかってんだけど、ぐるんって視界が回って我に返った。  ホテルのベッドに転がされて親友を見上げてる体勢。  ってつまりこれ、オレ、押し倒されてるっていわね? 「み、みは?」 「大丈夫かどうか、ちゃんと確かめようって言ったろ?」  オレの両肩を抑え込んで、みはの顔が微笑みの形になった。  微笑んだ形になった口元。  でも、目が。  目の奥にアツいものがあるのがわかる。  何かをいっぱい考えて考えて、耐えて、そして選んだんだなっていう光。 「や、聞いた。それは聞いた……と、思うけど、だからってなんでオレら、ホテルにいるわけ?」 「確かめるから」 「って、そんなの、一人で確かめ……んっ!」  股間を握りこまれて、息が止まる。  息が止まったのは痛みじゃなくて。  服の上からでも変化してるのがわかる。 「固くなってんね、良哉」 「ま、待って待って待って、何でこうなってんの?」 「俺が良哉を好きだから」  ものすごく真剣な顔で、みはが言う。  って。  え? 「えぇ? それ、理由になってんの?」 「好きだとエッチしたくなるじゃん。そん時にここがダメになってたら、困るだろ?」  ここ、って言いながら、みはの手がやわやわと動く。 「ふっ……ん、や、なんか、よくわかんねーんだけど……ちょっと、待ってってば」 「何で? 良哉は俺のこと嫌い?」 「んなわけない!」 「じゃ、好き?」  みはの目がいつもと違う。  熱があるみたい。  余裕はなさそうなのに唇の端が上がってて、笑ってるようにも見える。 「す…き。すき。だけどっ……待ってってば」  言えるなんて思ってなかった言葉。  いつかは言えたらいいな、なんて、少しだけ――ほんの少しだけ、夢見てみたりもした。  けど。  いまここで、こんな状況でせっぱつまってほぼ無理やり言わされてるなんて。  めちゃくちゃ不本意。 「待って、待って、何か違う。いきなりこんなんなしっ! 手順ってもんがあるだろ!」 「手順……」  手はあそこに置いたまま、みはがじーっとオレの顔を見た。  それから、ゆっくりと口を開く。 「じゃあ、ちゃんと順番通りにしようか。良哉が好き。だから、させて?」  だから!  何でそこまですっ飛ぶんだよ!!

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