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七 チャンスの神様には前髪しかない
ちゃんと手順を踏もう。
みはにそう言ったら
「好きだから、させて」
って言われた。
いきなりかよ。
嫌いかと聞かれた。
そんなわけないって答えた。
だって嫌いなら、あんなに悩まない。
オレは、みはが好きだ。
でもオレだけの気持ちだと思ってた。
だって、ありえない。
みはがオレを選ぶなんて、考えたこともなかった。
ありえない。
ざあざあと頭の上から降ってくるシャワー。
何が何だかまだよくわからない。
好きって言った。
みはが、オレを。
オレが、みはを。
みはが、オレを?
コンコン。
シャワールームのドアがノックされる。
そうだ。
手順を踏もう、そう言ってみはを押しとどめたら、じゃあシャワーをどうぞって押し込まれたんだ。
改めて視線を下げて、そこを眺める。
ぶつけたときはどうしようかと思ったけど、有耶無耶のうちに痛みはどっかに飛んで行ってしまった。
打ち身はそれほどダメージを与えてなかったみたいだ。
それよりも。
それよりも、今オレを困らせているのは、この状態。
さっきみはに揉まれたせいで、緩く勃ってるんですけど。
なんていうか、衝撃でかい。
全然嫌じゃなかった。
むしろ嬉しいっていうか、自分でにぎった時以上にどうしていいかわからなくて。
やっぱ、オレ、みはで勃つんだっていう、衝撃。
衝撃っていうと変だけど。
うん、なんか、やっぱりそうなのね~っていう感じ。
こっから先のこと、知識としてはある。
だってみはのことが好きだって、気が付いちゃったから、その時に気になって男同士のいろいろもろもろを調べてみた。
夜中にひとりで見た、肌色いっぱいの動画。
どっちがどっちになるかなんて、普段の行動をかんがみたら、なんとなくわかる……よな、そこは。
うん、オレ、みはを押し倒すのは多分、無理。
ダメだダメだって思いながら、何度も動画をみちゃったし、気になることは検索しちゃったし。
オレ、今、すっかり耳年増状態だ。
経験は少しもないけど、情報だけは持ってる。
だからわかってる。
しなきゃいけないことがある。
あるんだけど。
悪かったな。
オレは童貞だし、後も処女だよ!
経験なんて、キスしかねえよ!
しかもほとんどされる方だったよ!
何にもしたことねーし。
怖くてできねーし。
なんかもう、いっぱいいっぱいなんだけど。
泣いていいかな。
って思ったところで、涙なんて出てこねえんだけどさ。
そんで、逃げるって選択肢はこれっぽっちもないんだけどさ。
だってこれが最後のチャンスかもしれないじゃん。
コンコンコン。
さっきより強く、ドアが叩かれる。
「良哉? 何やってんだ?」
焦れてるっていうよりは、心配そうなみはの声。
「え、あ、何?」
「何? じゃなくて、シャワー、長ぇよ。一緒に入っていい?」
「や、待って待ってちょっと待って、マジで待って」
「ホントは嫌で、立てこもってるとかじゃないよな?」
オレの心配と、それから、不安そうなみはの声。
違う違う。
そっか、オレがここでぐるぐる考えてるから、みはを不安にさせちゃったんだ。
「違うって! そうじゃなくて……マジで、あとちょっと待ってて、すぐに出るから!」
「さっきからお前、待ってばっかりだな」
すりガラスのドアに、みはの背中がうつる。
ドアの前に座り込んで待ってることにしたらしい。
……ええと。
いや、入ってこないならいいことにしよう。
「だって、マジでみは、強引なんだもん」
「ホントに嫌なら……ちゃんと言えよ」
「だから、嫌なんじゃないってば! 聞けよ! 急展開すぎてビビってるんだよ、オレは!」
「……は?」
「想定外なのっ! 予想外すぎて、ビビってんの! 嫌とかないけど、ビビるくらいさせろよ!!」
ああ、もう。
何でこんなビビってるなんてこと、大声で主張してるんだよ……情けない。
「ええと……じゃ、じゃあ、ごゆっくり?」
笑いをこらえたみはの声。
ごゆっくりってなんだよお前も変だよ。
すりガラスの向こうのみはが気にはなったけど、とにかく記憶を頼りに準備をする。
ちゃんとできてるかなんてもう、考えらんない。
とりあえずオレ、これで精いっぱいだ。
大きく息をついて、オレは手を動かすことに決めた。
「お待たせ」
そろそろとバスルームの扉を開けたら、みはが黙ってバスタオルを差し出した。
「ありがと」
「すぐ済ませるから、そのまま待ってて」
そう言い置いて、みはがオレをベッドルームへ追い出す。
つーか。
バスタオルだけ渡されてもって感じなだけど。
えええええええ?!
そのままって、そのままって!
そんなこと言ったって、風邪ひいちまうわ!
快適な状態に空調きいてるたって、丸裸は心もとないことこの上ないし!
うろうろと部屋の中を見て回っても、オレの服は見当たらなくて、シャワールームの前に戻った。
「みはー、オレの服は?」
コンコン、とドアをノックしたらシャワーの音の向こうから、笑いを含んだみはの声が答える。
「内緒~」
「ええ? おい!」
「何か着たいんなら、バスローブでも羽織っといて」
内緒ってことは、やっぱ、みはに隠されたのか。
仕方ない。
備え付けられてる中途半端な丈のタオル地のバスローブを羽織って、ちょっと迷ってからベッドじゃなくて部屋のソファに座る。
なんか、実家にあるソファより座るとこの奥行があって、座りにくい気がする。
……ものすごく所在ない。
展開が速すぎてついていけてない自分が丸わかりだ。
でも。
じゃあ、ここまでで「はいさようなら」って、逃げたくない自分もいる。
このままここにいたらどうなるかなんて、わかってる。
だけど。
みはの言い分認めるわけじゃないけど、好きならしたいじゃん。
この機会逃したら、もしかしたら、みはがオレを好きだなんて気の迷いで、迷ってるってことに気が付くかもしれない。
それで、もう、二度とこんな機会はなくなるかもしれない。
これが最後のチャンスなら、何か急展開で訳が分かんなくたって、みはとエッチしちゃいたいじゃん。
一回こっきりでもいい。
最後の思い出とかになっても。
みはが、欲しいよ。
「何でそこに座ってんの」
大急ぎで出てきたらしいみはが、髪から水をしたたらせたまま、オレの前に立った。
「ええと、どうしたらいいかわかんないから、取り合えず?」
「疑問形だし」
「…や、だって……」
ええと。
みはを真っ直ぐ見ることができなくて、視線をうろうろとさまよわせる。
バスタオル一枚腰に巻いたみはの姿なんて、部活で見慣れてる筈だ。
なのに、何でこういうとこだと急に目のやり場に困るんだろう。
どこを見ていいのかわかんなくて困ってたら、みはがどさりと隣に座った。
それからそっと腕をばしてきて、オレを抱きしめて、小さな声で言った。
「ごめん」
え?
「なんで?」
「好きになって、ごめん。これ以上我慢できなくて、ごめん。逃げられたくなくて、服隠して、ごめん」
ここまで強引だったみはが、急に弱気な声をだす。
「ええと? やっぱ、気の迷いでしたってこと?」
「違う……そうじゃなくて」
抱きしめるったってホントにそっとくるまれてるだけ、って感じの力加減で。
こつん、と、みはのおでこがオレの右肩にあてられた。
「良哉がそんなつもりなかったのは知ってる。今、困ってんのもわかってる。でも……ずるいとは思ったけど、この機会、逃せないと思ったんだ」
ああ。
ドキドキしてんのは、オレだけじゃないんだ。
すとんって、思った。
みはは気の迷いじゃなくって、オレを好きだって思ってくれてんだって、信じてもいいんだって、感じた。
ばかだなぁ、みは。
「だったら、逃がさなきゃいい」
みはがそう思ってんなら、捕まってやるのに。
「止まらないかもしれない」
「止めなきゃいい」
「泣かせるかもしれない」
「泣かせなきゃいいじゃん」
ぎゅうっとみはの腕に力が入る。
「……わかった。じゃあ、もう聞かない」
みはがオレの腕を引いてベッドに向かった。
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