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第16話

 雪也はやはり必要なこと以外で口を開こうとはしなかったが、それでも素直に食事を口にし、布団で眠るようになった。そのことに安堵した弥生は時間を見つけてはあらゆるものを教えてゆき、弥生が務めで外へ出ている時は学問を優が、武芸を紫呉が教えていった。弥生が見抜いた通り、雪也は元々理解力があったのだろう。教えれば教えるだけ知識を吸収してゆき、最初はミミズが這ったようにしか見えなかった文字もいつしか弥生そっくりの美しい字を書くようになっていった。雪也の手を取って一緒に筆を滑らせるのは楽しかったのに、と少し残念そうにする弥生に近くにいた優が拗ねて言い合いが始まると、雪也は思わずクスリと笑みを零した。それがこの屋敷に来て初めて零した笑みだった。  晴れた日には木刀を与えられて、美しい庭の片隅で紫呉と打ち合う。木刀を持つことすら初めてだった雪也は見た目に反した重さに最初は手こずったものの、いつの間にか姿勢正しく構えられるようになった。素振りばかりだったのが穏やかな打ち合いに変わり、そして本気の勝負に変わって。当然紫呉は弥生の護衛であるのだから雪也よりも腕が立ち勝敗は明らかであったが、雪也は負ける度にムスッと、ほんの僅か顔を歪めてもう一度と強請り、紫呉がもう終わりだというまで何度も何度も立ち上がっては木刀を構えた。その姿に存外負けず嫌いだったのかと弥生は笑い、打ち合うのに邪魔だろうと一本の美しい組紐を贈り手ずから雪也の長く艶やかな髪を高い位置で結んでやった。それが気に入ったのだろうか、雪也は次の日から少し歪な形ではあるものの自分で髪を高くに結び、それもまた徐々に乱れひとつない完璧なものになっていった。

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