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第100話
「はなせッ! お前に何も迷惑かけてねぇよ!」
今にも噛みつきそうな青年はその細い身体に見合わず暴れまくる。しかしそれほどに暴れまわっていても、決して腕の中のものを落とすことも手放すこともしない。いったいその丸いものは何なのかと、紫呉は暴れまわる青年を拘束しながらも凝視した。その視線に気づいたのだろう、青年がより一層暴れ、紫呉に頭突きをしようとする。
「お前もサクラをバケモンだって言うのかッ!?」
流石に当たったら痛そうだと頭突きを軽く避ける紫呉の耳に、青年の叫びがこだます。
バケモン? なにやら今日はやたらとその言葉を耳にするなと紫呉は内心首を傾げる。光明の話を聞いていた時はどれほど大きくおどろおどろしいモノかと想像していたが、今青年に抱きかかえられているソレは正体こそわからないものの、青年の腕にスッポリと収まるほどには小さい。――これが〝バケモン〟?
「いやバケモンとかよくわかんねぇけど、その、サクラ? って何だよ」
無茶苦茶に暴れ、今にも自らを掴んでいる紫呉の腕に噛みつこうとしていた青年は、そのあまりの落ち着いた声音にキョトンと動きを止めてしまう。それに紫呉もようやく安堵して、ゆっくりと掴んでいた手を離した。
「……え?」
「いや〝え?〟じゃなくてよ、バケモンじゃねぇってんなら、サクラって何だよ。言っとくけどお前が大事に大事に抱えてるから、俺からはまだらな丸い何かっていうことしかわかんねぇよ」
何となく生き物なのだろうということは予想できるが、紫呉にはサッパリだ。少なくとも紫呉の記憶には無い。
化け物で無いと言うのならちゃんと何かを説明しろと言う紫呉に、青年は視線を彷徨わせた。
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