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第101話

 今まで、このような反応を返されたことなど無い。いつも周りはサクラをバケモンだと言って石を投げてきた。それから守ることに必死になって、だというのに目の前の男は静かに答えを待っている。サクラに向ける視線にも、蔑みの色はまったく無い。この男は、いったい……。 「サクラはサクラだよ」  ボソッとそんなことを言いながら、青年は抱えていたサクラを両手で抱き、紫呉に見せた。白と黒のまだら模様を持った小さな生き物。短い四本の足に、フサフサの尻尾。小さな顔だというのに、クリクリと大きな瞳。小さな鼻。二つある耳は片方が立ち、もう片方はペタンと垂れている。サクラと呼ばれたソレは、チラと紫呉に視線を向けるだけで大人しい。 「…………もしかして、犬、か?」  すべてが疑問形であるのは仕方のないことだ。外の世界で犬と呼ばれている生き物はこの国に存在せず、時折海を渡ってもたらされる書物の絵で見る程度だ。その絵ですら、このように小さく弱々しい犬は見たことが無く、身体の模様も大抵が一色で眉や口元が別の色になっていることはあれど、このようにまだら模様は見たことが無かった。だが土の塊がついて汚れてはいるが、形状としては華都や将軍などの身分が高い者がこぞって飼っているネコというよりは、書物に見る犬であるように思う。首を傾げながら言う紫呉に、青年はコクリと頷く。 「そうだよ。サクラは犬だってお師匠が言ってた。でも別に怖いもんでも、悪さをするわけでもない。ただちょっとこの国では見ない子で、ちょっと小さくて、ちょっと牛みたいな柄をしてるだけだ。バケモンじゃない」  こんなに可愛くて賢いのに、皆はサクラをバケモンだと言う。その全てから守るように、青年はサクラをしっかりと抱き込んだ。そんな青年に気を許しているのだろう、サクラは笑いながら青年の胸元に頭を擦りつけている。

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