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第103話
「サクラはイノシシに追いかけられてたのを俺が助けたんだ。最初はブルブル震えてたけど、懐いてついてくるし、俺の手に頭を擦りつけて撫でるのを待ってたり、俺にピッタリくっついて寝るんだ。こんなに俺を頼って生きてるサクラを放り出すなんて、できない」
その言葉の通り、今もサクラは安心しきって青年の腕の中にいる。そんなサクラを彼は撫で続けた。
「どんなことがあっても、俺はサクラと一緒にいる。サクラがいれば寂しくない」
な! サクラ! と歯を見せて笑う青年に、紫呉は目を細めた。
サクラがいる限り、この生活は続くだろう。青年もサクラも腹が満たされるということはなく、人が捨てるようなものを漁るしかできない。
かつて弥生と優が必死になって雪也に学問を教えたのは、何があっても生きていけるようにするためだ。田畑を耕して作物を得るには土地が必要で、その土地すら持たない者は肉体か頭脳を頼りに金を稼ぐしかない。学がなければ頭で稼ぐことはできず、だからといってこの青年の場合はサクラがいるから体力仕事も難しい。サクラを置いて稼いでくれば良いとも思うが、サクラへの扱いを見るに、手を離したら最後だと青年も理解しているのだろう。
彼が選べる道などそう多くない。そして彼がサクラを手放さないと言った瞬間に、道はひとつだ。それがわかるだけに、紫呉の胸は締め付けられる。
(なぁ、弥生。お前が雪也を見つけた時、こんな気持ちだったのか?)
何の罪もない者が辿る道が見えるばかりに、余計苦しくなる。大人になればなるほど、楽観視など出来ない。そしてそれを仕方ないと、それは彼らの人生であって自分は関係無いと切り捨てられるほどには、利己的にもなれなくて。
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