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第109話
「……君が、サクラ?」
問いかけ、そろりと顎を撫でる。己の名を呼ばれ、サクラはニコッと笑った。
「君がサクラか。賢い子だね。ちゃんと名前がわかっている」
良い子だ。賢いね。そう褒めてやればますますサクラはニコニコと笑った。ゆっくりと由弦の腕から抜け出て、その短い脚でトテトテと雪也に近づく。
「ふふふ、可愛いね。牛っぽい柄だけど……、ネコ、かな? こんなに小さなネコを見るのは初めてだけど」
「ネコではなく犬だな。私も書物以外で見るのは初めてだが、おそらく犬で間違いないだろう」
間違いを弥生が正せば、雪也はキラキラと瞳を輝かせてサクラに視線を向ける。サクラが大人しく、あまり怖がらないのを見て雪也はそっとサクラを抱き上げた。危なげなく抱きしめれば、サクラはすっかり落ち着いて雪也の腕に顎を乗せてまどろんでいる。そんなのんびりとしたサクラの様子に興味が惹かれたのだろう、周がそろそろと雪也の背から顔をのぞかせると、サクラを見つめた。ジッと穴が空きそうなほどに周から見つめられているというのに、サクラはまったく我関せずといったように欠伸を零す。その姿に少しだけ、周は笑ってしまった。
「可愛いね。それにすごく小さい」
そう周を振り返る雪也にも、小さく頷く周にも、嫌悪の色などまったくない。当たり前のようにサクラを抱き、当たり前のように可愛いと口にして微笑んでいる。今までバケモンだと罵られ続けた由弦は驚いて目を見開くが、それを見つめる弥生は〝ほら見ろ〟と目の前の光景が当然であるように頷いている。あまりにも由弦が驚いているというのに、のんびりと欠伸を繰り返し雪也の腕の中でグゥグゥと寝息を立て始めたサクラを見て、もう耐えられないとばかりに紫呉は噴き出した。
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