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第111話
「言ったはずだ。雪也達を侮ってもらっては困ると。確かに雪也も周も見た目はまだまだ若く、周は子供と言っても良いかもしれないが、そこらにいる者達とは器が違う」
生きてきた道が常の人間よりもうんと濃く、辛酸を何度も舐めている。しかしそれに染まらず生きてきたからこそ、今の雪也や周がいるのだ。その器でサクラや由弦を許容できないことなど無い。過去が過去なだけに、その確信を喜ぶことなど出来はしないが。
「そん、な、こと……言われたってわかんねぇよ。そんなん、誰も言わなかった」
唇を噛んで、雪也の腕からサクラを持ち上げると強く抱きしめる。俯く由弦にまどろみから覚めたサクラが〝どうした?〟と心配するように見上げた。
「皆サクラを嫌がるばかりだったんだ。こんなに可愛いし大人しいのに、皆嫌がる。そんな世界しか知らなかった」
だから人目を避け、サクラの目と耳を覆うように由弦がその身で盾になった。サクラは犬だ。人間の言葉は話さない。でも言われた言葉の意味は、わかっているはずだから。
「紫呉はちょっと変わってるから、こいつの側なら大丈夫かなって思ったんだ。でもついて行ったら近臣だのお屋敷だの言われて、そんな御大層なところ無理だし、誰にも認められない。そしたら庵があるって言うから、やっぱりサクラと二人で暮らすんだって、でも屋根があるだけでもありがたいかって思ったのに、普通に人いるし。こんな……こんな優しい世界があるなんて、俺は知らない……」
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