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第198話

 考えることは大の苦手で、自分は頭よりも身体を動かしていた方が良いという紫呉は、己の感情に対しても随分と素直なのだろう。歳は確実に紫呉の方が上であるのに、随分と擦れていると自覚している己よりもうんと、紫呉の方が素直で純粋で、こういったことには無垢なのかもしれない。歳の割に擦れた己はもちろん、普通に生きてきた大半の者達は紫呉のこの表情を見ただけで、彼の心を悟ることができるだろう。だってそれほどまでにあからさまなのだ。けれど、こんなあからさまな態度でまったく気づかない人種というのもこの世には存在する。湊が紫呉を不憫だと思うのは、感情を向けた由弦がその僅かにしかいないであろう気づかない人種――別名鈍感であるという事実ゆえだ。 (この庵に来る奴って、ややこしいよねぇ。ま、俺も他人の事言えないけど)  弥生と優は両想いの恋人で所かまわず引っ付きまくっているというのに、心のどこかで一線を引いていて、それをわかりつつ濁して。  雪也は無意識に逃げ回っているけれど、周の抱く想いは正直湊には怖いとさえ思うほどで。  そして一番わかりやすいはずの紫呉と由弦は、こんな風に自然とすれ違っている。由弦とて、紫呉が一番で特別だとあからさまなのに。互いが互いの気持ちに気づいていないなんて、なんて滑稽か。これが芝居なら納得もするが、彼らは正直者で、あらゆることに全力で素直。騙そうとか、偽ろうとか、そういった考えさえ浮かばない。つまりはビックリすることに、本当に、これっぽっちも、お互い気づいていない。

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