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第263話
恩を施されたその時は、人は感謝をする。涙を流して、あなたのおかげだと。だがしかし、良くも悪くも物事に慣れてしまうのが人間というものだ。雪也が薬を〝自分が勝手に渡したものだから〟と代金を貰わずにいれば、必要だから薬を得たというのに上手く口を動かして、それさえも〝雪也が勝手に渡したもので、自分は必要だと言った覚えはない〟と言いはり、代金を払わぬ者も出てくるだろう。あるいは人の口で伝わった噂を信じて、それがどんなものであれ〝初回のひと包みは無料〟だと思い込み、それを要求する者も出てくるかもしれない。そして、それらを老人の心配性や猜疑心と片付けることが出来ないことを、雪也はよく知っていた。
「情のすべてを捨てよとは言わんよ。情の無い商売人もまた、行きつく先など知れておるからの。銭の無い者を助けようとするも、恩を返すために己の持つものを捧げるもそなたの自由。じゃが、聞くところによればそなたには養ってやらねばならん大切な者がおるのじゃろう? ならば尚更、大切なモノを見誤ってはならん。線引きは必要となる。それに」
言って、老人は兵衛から包みを受け取り、雪也の手を引いてその掌に包みをのせると、そっと握らせる。
「儂もまた、恩を忘れぬ者でありたいと願うがゆえに意思は曲げぬ。そなたが何を思おうとな」
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