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第264話
今日の薬代と診療代だと言って、老人は雪也の手をポンポンと優しく叩くと、ゆっくりと手を離した。握らされたそれを貰うことはできないと突き返すのは憚られて、雪也は視線を彷徨わせる。しばらくして、雪也は包みを大切そうに握って、静かに老人に頭を垂れた。その様子に兵衛はホッと安堵の息をつき、老人は満足そうに頷く。
「では、十日分の薬は頼んだぞ。そなた一人で動くのでは時間が足りんじゃろうからな、薬はこの兵衛に取りに行かせる。その時に代金も支払おう」
その言葉に兵衛がひとつ頷く。届けようと思っていたが、取りに来てくれるのは正直にありがたかったので、雪也は特に何を言うことも無くもう一度頭を垂れた。
咳はそれなりに治まったとはいえ、相手は病人。あまり長居しては身体に障るだろうと、雪也は蒼の父と一緒に兵衛に見送られながら呉服問屋を出た。
蒼の父は蒼に店番を任せきりになっているからと、呉服問屋の前で別れ、足早に戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、雪也も庵へ足を進めた。
庵に帰ったら、馴染みの老夫婦と、末子の薬と、仕事柄よく怪我をする青年の軟膏を作って届けに行かなければならない。やることは沢山あってなかなかに忙しいが、それでも暇であるよりは良い。忙しければ忙しいほど金が稼げるし、余計なことに思考が飛ぶことも無い。
途中、蒼の店から出てきたのだろう湊と偶然出会い、共に庵へ向かいながら、雪也は脳内であれこれと予定を立て始めた。
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