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第361話

「蒼は優しいから」 「……湊、ちゃんと聞いてた? 僕は雪ちゃんのこと、馬鹿って言ったんだけど」  本当に優しい人は相手が今この場にいないとはいえ、馬鹿などと悪くは言わないだろう。半目になって呆れかえったような顔を蒼はするが、湊にはもうわかっている。 「優しいから、馬鹿って言うんだ」  傷ついてほしくないのに、傷つく道ばかりを歩むから。しなくて良い諦めを、雪也が抱いているから。気づいてほしいのに、気づいてくれない。どうにもならない、してあげることのできない自分も周りも、すべてが腹立たしくて。 「雪也は、蒼が思ってる全部を理解してはいないかもしれないけど、でも、蒼が雪也のことを想ってるのは、ちゃんとわかってると思うよ。じゃなきゃ、蒼に託したりしないし」  他の誰も気づいていない、コッソリと周が蒼に渡した紙片。雪也から弥生に託した、その小さな小さな文。蒼ならば野菜を届けるついでにコッソリと春風家に渡せるからとか、そういった理由もあるだろうけれど、それでも蒼を心から信じていなければ雪也は決してこの方法をとることはしなかっただろう。

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