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第372話
「私からではなく、上様からお渡しになられた方が、静宮様もお喜びになりましょう」
だから、どうか――。
誰よりも先などわかっているというのに、そんな希望を捨てきれない。縋るように未来を口にする弥生に、らしくもないと茂秋はまたクツクツと笑った。
「儂とてそうしたいが、もはや、叶いそうにない。実に……、実に、無念じゃなぁ」
暗く、悲しそうな顔をして、それでも国のため兄のためにと華都からはるばる武衛へやってきた、可哀想な姫宮様。若い若いと言われる茂秋よりもさらに若い、幼いその身で、慣れぬ城はさぞ恐ろしいことだっただろう。そんな姫宮様に安心してほしくて、欲を言えば笑ってほしくて、できるだけ側にいようとも思ったけれど、もう側にいるどころか、喜んでくれるだろうかと吟味に吟味を重ねた絹の衣も直接渡せそうにない。あの城での最後が、今生の別れとなる。
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