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第447話

 様々な思惑が絡まり、徳茂を江戸城に帰してあげることができたのは、彼がこの世を去ってから二か月後のことだった。  極秘事項ではあったものの、流石に正妻たる静宮には秘密裏に知らせは送られていたはずだが、彼女は江戸城に帰ってきた徳茂の眠る棺を前に呆然と立ち尽くした。  人の言葉ほど不確定なものはない。きっと嘘だ、何かの間違いだと彼女は縋るように信じていたのだろう。しかしその希望も今、目の前で打ち砕かれた。 「宮様、上様のご命令により、こちらを上様に代わり春風がお渡しいたします」  棺の前で座り込み、お付きの者達が声をかけようと反応ひとつしなかった静宮が弥生の言葉にピクリと肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。頬に止めどなく流れる涙に込み上げる何かを呑みこみながら、弥生は美しい黒塗りの盆を差し出し、上にかけられていた紫の布を取った。 「上様が宮様にお約束された、西陣織にございます」  徳茂が静宮の為に、忙しい中を縫って用意した西陣織。この冷たい幕府の中で味方になり、愛してくれた夫から渡されるはずだった、約束の西陣織。 〝宮様には桃色が似合う〟  そう、言ってくれた。  まるで春に咲き誇る桜のように淡い桃色の西陣織がその心を表しているかのようであるのに、それが今はどうしようもなく寂しい。

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