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第524話
「ッッ――」
あまりのことに頭どころか胸さえも痛くなってきた。もはや取り繕う余裕もなく胸元を握る。その時、光明を見送ったのだろう付き人の男が戻ってきた。
「失礼いたします、旦那様。お茶は――旦那様!? いかがなさいましたか!?」
常は背筋を伸ばして涼し気な顔をしている主が、眉間に皺を寄せながら身を屈めて、さらに何かを耐えるかのように胸元を鷲掴んでいる。その異様な光景に男は礼儀など投げ捨てて駆け寄った。
「旦那様!」
「ッ――、だい、じ、ない……。騒ぐな……ッ」
大丈夫、何でもないと口にするが、胸の痛みはますます酷くなり、額にはびっしりと脂汗が浮かんでいる。急に襲い掛かった痛みに流石の杜環もどうしたら良いかわからず、ただ努めて深呼吸することしかできない。だが、そんな足掻きも虚しく、まるで心臓を握りつぶされたかのような痛みが襲い掛かって、杜環は体勢を保つこともできず崩れ落ちた。慌てて男がその身体を抱きとめるが、杜環はそれさえも苦しいとばかりにギュッと目を閉じる。
「誰かッ! 誰か早くッ!」
あまりのことに、自分一人では無理だと判断した男が声のかぎりに叫ぶ。その悲鳴のような声に屋敷の者達が慌てて集まった。その足音が遠くに聞こえて、杜環の意識は闇の中に引きずり込まれた。
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