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第662話

 雪也たちが襲撃されたことは、紫呉しか知らない。月路に命じたように、紫呉の口からも報せるつもりはない。だが危険さえも隠してしまっては、次に失うのは弥生の命だろう。  雪也達の事には触れず、だが紫呉は優と弥生の頭脳を信じて危険を告げる。それを無視する二人ではないという紫呉の信頼通りに、優と弥生は再び地図に視線を降ろした。 「なら、中間でいくか? ここを通れば人はあまり多くはないが、誰も使わないような道というわけでもない。人質を取ったとしても、我々の前に連れてきて脅せなければ人質の意味がないからな。この道ならば一般人を装って歩いていても不思議に思われることはないし、万が一我々の正体が知られたとしても、すぐ横の森に駆け込んで身を隠せば接触されることもない」  相手を脅して初めて人質に意味が生まれる。ならば人質の意味を持たせなければ良いという弥生に紫呉は頷いた。すぐ傍に森があるというのなら、月路も紛れやすいだろう。 「次の町まで行けば武衛はすぐそこだからね。春風の私兵と合流できれば、こうしてコソコソ隠れ動く必要はなくなる。もう少しだよ」  何も悪いことはしていないというのに脱走犯のような生活を強いられている今を励ますように言う優に、弥生も疲れた顔をしつつも微笑んで頷く。 「そうだな。すべてが終わったら、庵に行って皆で鍋でも食べるか」  何も知らない弥生に、優もまた良いね、なんて応える。もうそんな未来は存在しないが、紫呉は口元に笑みを作った。 「ああ、そうだな」  武衛に着くまでは、せめて優しい夢が覚めぬようにと願いながら。

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